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書く人の精神衛生

 書かないのが普通だ。
 完成には時間が要る。書くために我慢せねばならない楽しみもあれば、この時間で出来たこと、という妄念もちらつく。ありふれた苦労でも、苦労は苦労だ。それでどこかに応募したり投稿した結果が芳しくなければ、多少はがっかりして当然である。
 ただ読んで欲しくて書いたのなら、読まれない時点でその小説は失敗である。失敗になってしまう。何が悪かったのか、納得いく答えが見つからない。読み手を責めてもつまらないし、だいたい読み手とは具体的に誰なのか。自責はつらい。失敗の気分だけがずるずる残る。 
 小説に限らず、創作全般でよくある話だろう。
 読まれることに主眼を置くと、他人本位になる。他人を動かすのは、自分を動かすよりはるかに難しい。読まれるか否かが、一か八かの賭け事にしか見えてこなくなる。努めてそう見ようとしている、節もあるかもしれない。外れを繰り返すと、所詮は賭け事だと言い聞かせたはずが、無力感が湧いてくる。小説は時間を食うので、既に費やした時間や努力が無駄になるじゃないかと、なおさら引き返せなくなる。泥沼である。気分が腐る。腐って余計にろくなものを書かなくなる。筆は遅い。努力しているのに、という恨みばかり強くなる。
 自分は何のために書いているのか、と自問する。
 何故普通じゃない、誰もする必要のないことに悩まされるのか。今までの賭け金を無駄にしたくないだけ、要は単なる惰性じゃないかと情けなくなる。何故こんなになってまで書いているのかという問いは、地獄だ。賢いということは、考える必要のあることを考えられて、なおかつ考える必要のないことを考えずに済む、という重ね合わせの能力だろう。何故書くのか、という問いに上手く答えられたところで、肝心の創作が進むわけではない。
 「なぜ勉強しなきゃいけないのか」と生徒が教師に問うのは、「私は勉強したくない」という意思表明に近いだろう。近いけれども、反面、意志を高める答えを期待しているのも確かだろう。それだけ意志が挫けている。最初から意志がないなら、問い訊ねる必要もなく、単に放棄すればいいだけである。何故という問いは、本当のところ、あがきでもある。
 この問いにわずらわされた小説家に、たとえば辻邦生がいる。

 

 私がそのときフランスにきたのは、もちろんフランス語の勉強、フランス文学の勉強のためですが、それ以上の理由もありました。それは次のようななことです。私が小説を書きたいと思いながら、どうしても小説を書くことができなかったので、何とか小説の根拠、レゾン・デートルを見きわめて、身も心も打ちこんで小説を書くようになりたい。そのためには、バルザックスタンダール以来、近代小説を育ててきたパリの生活の中に入ることが、もっとも私の小説探究にふさわしいと思われたからです。
辻邦生「小説家への道」――『詩と永遠』)

詩と永遠

詩と永遠

 

 

 辻がはじめて小説を書いたのは十九歳。処女作の『遠い園生』から、次作の『見知らぬ町にて』に辿り着くまで、約十三年もの絶筆に陥る。その期間を、辻はこう振り返る。「日本ではめずらしく反戦的な学生」であった自分は、「戦時中、日本人とくに日本の軍人が、日本精神のすぐれた点を強調し、現実を見もせず、ただ精神主義であれば何でもできると考えていることに強く反発し」「現実を処理し、思ったことを実現してゆくためには、現実の本質を見きわめる理性的態度が必要だ」と信じていたところへ、「戦争に敗れ」いよいよ「非合理的なものへの信仰が破れ」た今こそ、「何もかも理性的に、合理的に行わなればならない」と考えた。「現実の問題に直面したとき、その知識を用いて問題を解いてゆける」「真の知識」が必要だと、信じた。しかしその信念が、書くことの障壁となった。

 

 実は、その頃から私は、小説を書こうとして机に向かっても、どうしても小説を書くことができないのを発見したのです。小説とはもちろんフィクションの世界です。そのフィクションの世界を書いていると、どうしても本当のことを書いているように思えない。現実の困難な問題があって、それに向っている時、私たちは、意志の力もいるし、今申した真の知識もいるし、人間の能力のすべてをそこにかけなければならない。たとえば医者が患者の手術をする場合、すこしでも油断したり、または知識や技術が不足したりすれば、その患者は死んでしまう。
(……)こうした現実のきびしさに較べると、フィクションの世界の中には、恣意的な判断が入りこんできます。(……)フィクションの世界は客観的に描かれているように見えながら、あくまで作者が思ったようにでき上がってゆくのです。もちろん文章を書いたり、小説という具体的な作品を作ることは、現実のきびしい仕事にはちがいありませんが、その内容であるフィクションの世界はあくまで作者の気ままな判断によって作れるのです。現実のきびしさの前で、自分の全能力を使って生きることが、真の生きることであると考えていた私には、こういう気ままな判断を許す仕事は、一人前の人間が、生きる対象として真剣にとり組むべき仕事と思えなかったのです。
(……)文学修行を途中で打ち切り、現実の中に身を投じ、現実の世界を知りつくして、ふたたび精神の世界に戻ってきたというスタンダールの生き方が、当時の私に、自分の行き方の模範のように見えたのです。私は小説などを書くより、現実の世界の中に身を投げ、そこで必要な知識を身につけることが第一だと思い、小説を書くことを断念しました。
 ちょうどその頃、有名なサルトルの言葉、「二十億の人間が飢えているとき、文学に何ができるのか」という言葉が、私たちの心を動かしました。病人がいれば病気をなおすこと、飢えた人がいればその飢えをいやしてやること――それが文学より、もっと大事な仕事ではないか。そういうもっと大事な仕事へ向かうべきではないか、という気持ちも、小説を書くのを放棄させる動機だったように思います。
(同上)

 

 辻が行き着いたレゾン・デートルとは、パルテノン神殿の「美」だった。美とは、「私たちの生、私たちの世界、私たちの存在自体を包み、それを意味づけるもの」であり、そうした意味秩序の直観、世界に「一つの意味を見出したとき」の「解脱感、自由感」といった喜ばしい感触を定着再現するためにこそ、フィクションの意義がある。「たとえばドストエフスキーの世界、プルーストの世界を通ってゆくと、そのあとでは、私たちの人生は前とは同じではありません。その意味では、ある別の世界が私たちに与えられたといえる。世界はより豊穣となり、より深みを増したと言えるのではないかと思います」。
 むずかしい。
 「美と幸福について」と題された別の講演では、パルテノン神殿での審美体験とは、「自分のこととか自分の煩いとかいったものが全く消えてしまった」「嬉しいとか喜ばしい」感情に満ちたものだった、という。

 

 「美と幸福」という考えはヨーロッパ文化の根底を形づくっている古代ギリシャでは一つの観念として考えられていたことは大変興味のある事実です。すなわちギリシャ語で美しいという意味のカロスという言葉と、「善」という意味のアガトスとが一つになった、カロスカガトスという言葉があります。これは「美」と「善」がギリシャでは一つに考えられていたことを示す言葉です。美しいものはいいことである、逆にいいこと――「善」は「美しい」という観念と一つになっていたのです。
 (……)幸福というのは、与えられるものではなくて、作るもの、与え続けるものなのです。自分がどんなに不幸な状態にあって耐えられないほどでも、そばに居る人たちをもっと幸せにしたいと思った瞬間からその人の幸福が始まる。これは本当に不思議なことです。美は人間の中に、人間を幸福にしたいという、ある力、ある光の充実感みたいなものがあるときに生まれてくるのではないかと思えます。美は幸福があって生れるという意味は、このように他者の幸福を願うことで、自分の小さなエゴを越えたとき、そしてそれがあたかも絶対者の前での約束のようなものとして自分の支えになったとき、確実に私たちを包んでくれているように思います。
辻邦生「美と幸福について」――『詩と永遠』)

 

 辻のいう美とは「人間を支える秩序」であり、「自然からの声に耳を澄ませて本来の状態に戻る」「機能的な物、計量的なものへ縮小された世界を、もう一度生命の全体像に戻す」ための手がかりなのであり、さらに「幸福」とは「心身を自分という自然理法と合わせ自然の叡智に耳を傾けうるまで、素直になること」であり、それを阻害するのは「現在の社会」の「金銭からの声」「技術からの声」であり、正直ちょっと、ついていけない。
 しかも辻の美は、ぶれる。『言葉が輝くとき』に収録された「パリ時代の私」では、パルテノン神殿の「美」は、「ただたんに美しいだけではない。みじめに生きている人間が、そのみじめさにもかかわらず、良きものを意志することができる。人間には、ああいう高みにまで昇ってゆく意志力と、目標とすべき一段と高い秩序が与えられているのだ」という、啓示として読まれる。「私たちの世界を包み、意志づける」秩序と、「目標とすべき一段と高い」秩序は、同じではない気がするのだけれども。
 なぜ書くのか、という答もまた、この「パリ時代の私」ではずれている。

 

 いまここに、文学を、詩を書きたいと思っていろいろ努力しているのに、書いたものがちっとも世の中に出ないとか、賞に出してもボツばかりだという人がおられるかもしれない。そういう人は、一人前の作家が世に出て、原稿を書けば金がはいるのがうらやましいと、思うかもしれない。しかし文学の本質から見るとそんなことはほんとうに枝葉のことにすぎません。もし金がとれなくて、発表するところがなかったとしても、本当に書きたい人は、ただ書くことで喜びを感じると思います。
 (……)だから文学のほんとうのありようといいますと、文学が好きでたまらなくて、自分のため、あるいは自分と心を同じくする人のために書き、残しておくものであり、そうしたメッセージ以外のものであってはいけないと思います。とにかくほんとうに好きで、たとえのたれ死にしたって、文学と遭えたのだから、私の生涯は意味があった――誰でもそう思えるように生きなければならない。これをとりあえず今日の結論にさせていただきたいと思います。
(辻邦夫「パリ時代の私」――『言葉が輝くとき』)

言葉が輝くとき

言葉が輝くとき

 

 

 

 あるときは「世界に一つの意味を見出したとき」の喜ばしい感触の定着であり、あるときは「世界をより豊穣と」し、「より深みを増」すためであり、更にあるときは、単に書く「喜び」のためになされるものであり、「自分と心を同じくする人のために書き、残しておくもの」であるという。なぜこれだけの数の答えが、必要なのか。
 田辺聖子に、「小説はなんで書くか」という名随筆がある。

 

 「小説はなんで書きはりますか?」
 という質問もある。
 サー、こまった。
 人生の意義の探究、人間存在の手ごたえ、宇宙感覚の獲得といったものだろうか、それとも手に職もなし、書くことがお金になりそうなので、と卑近に答えたものだろうか、とつおいつ私は苦悩し、やおら咳払いし、
「つまり私にあっては小説宇宙の構築は私の存在感確認の必然的作業であって……」
 と自分でもワケの分らぬことをいい出すとその人は、ニベもなくさえぎり、
「いや、万年筆で書かはるのか、ボールペンかというてますのや」
 といった。
田辺聖子「小説はなんで書くか」――『猫なで日記』)

猫なで日記―私の創作ノート (集英社文庫)

猫なで日記―私の創作ノート (集英社文庫)

 

  

 話題はここから道具に移るわけだが、最後に「私は紙が大好きなのだ。物を書くのは、毎日、紙にさわることができるからだ」と答えてくれているのは、田辺のサービス精神だろう。書く人の態度は、本当はこれが理想かもしれなない。文学者は知らない。
 「何で書くか」とか、あるいは「小説とは何ぞや?」なんて問いには、そもそも遭遇しないほうがいい。「あることないこと」という同じ本に収められたエッセイで、田辺は後者の質問を、「むつかしい問」「聞かれてこまるような問」と片付けてしまって、「わかりません、というのがよい」という。「イロイロ、むつかしく答えて自分をかしこそうにみせるというのも若いうちだけのこと、そういう問題は専門の人がいられるであろうから、そちらへ任せておけばよい」。
 
 何故書くか、という無用の問いを、何故よりによって自分に問わねばならないのか。
 端的にしんどいのだ。疲れている。しんどいことには、理由があって欲しい。しんどいにもかかわらず続ける、それだけ強靭な理由が欲しくなる。更にそのしんどさは、自分だけが特別にしんどい、という妄念で、加重される。「なぜか小説家は、ホカの作家は楽々と書き、自分だけ苦しんでいると思ってしまう」と、田辺は「小説の誕生」で続けている。「それをいうのは恥ずかしい、という気が、私なんかにはある。私は楽々と書ける人をうらやましく思っている。(ほんとは誰もそんな人はいないのに)」。
 自分だけ苦しいのは不条理であって、そこに理由づけを望むのは、自然である。勉強や仕事はみんなが苦しい。けれど小説は、創作は、どこかで趣味の感じは避けられない。勉強仕事に比べれば、やっている人間は遥かに少ない。書く作業自体が孤独で、実際に作業している人が周囲に見当たらなくて、そうなると、自分だけが苦しい、と勝手に思い込んでしまっても、これは仕方ない気がする。
 神経症の治療に注力した精神科医の高良武久は、この孤独感を「差別観」と呼ぶ。

 

 「人は平気でやっている、自分だけがつらい」とこう思う。それが差別観のとらわれというんだよ。そういうふうになると余計につらくなるんだよね。自分がつらいことは人もつらいというふうに思うことができる、それが平等感というんだなあ。
 平等感がでればね、だいぶ慰めになりますよ。だから、対人恐怖でもね、自分一人いるときは、「自分のような人間は他にいない」とこう思うわけだな。非常につらいんだよ。しかし、ここに入院するとね、対人恐怖の人はざらにいるからね、もう一番ありふれたものだからね、「なるほど、世の中にはずいぶんいるものだなあ」ということがわかるわけだな。そこである程度平等観がわきますよ。差別観のとらわれといって、自分だけがこうだと思う、これは余計つらくなるわけだな。
(……)「自分だけが特別だ」とこう思うと、なおさら劣等感がおこるんだなあ。自分でつらいと思うようなことは人もたいていつらいものなんだよ。
 よくね、ここに入院している人が、「自分の友達なんか平気で楽に勉強している」とこう思うんだねえ。「自分は勉強するのに非常につらい、非常に骨を折る、人は平気でやっている」とこういうふうに思うんだね。
 それは間違いだね、勉強なんてのは「勉め強いる」と書いてあるようにおもしろくてしょうがないというようなものではないんだよ。遊びごとではないんだから、遊びごとならば、「おもしろくてやる、おもしろくないからやらない」ですむけれども、仕事や勉強なんてものは、いやでも必要上やるものだからね。
 そして、おもしろい小説なんか読むのと違って、そうおもしろいものではないんだから、我慢してやるものなんです。初めからつらいものだと思った方がいいんだな。そのうちおもしろいこともでてくるけれどね。
 それを、「人は平気でやっている、自分だけがつらい」とこう思うんだなあ。「あの人は人の前で平気で話をしている、自分は対人恐怖でつらい」と思うのだけれども、やっぱり人も大勢の前で話をするときは我慢してやっているんだね。
(高良武久『木曜講話』)

 

 なぜ書くのか?
 その問いにうまく答えたところで、書くことにそう直接的に役立つとは思えない。だいたいが、弱気に端を発した、躊躇いの問に近い。にもかかわらず、辻がこの問いを自分に何度も投げかけなければならなかったのは、書くことがうまくいかないという経験を繰り返した人には、納得いってしまうのではないか。

 

 辻邦生の答えがぶれているのは、答えること自体、問いに対するその場しのぎでしかないからかもしれない。ひとつの正答で収束、終了する問ではない。自問のたびに誠実に答えても、それでも繰り返さねばならない問だった。どうして自分だけがこんなにしんどい思いをしなくてはいけないのか、しんどいと思っているのにどうして書かなくてはいけないのか。書く気がしないにもかかわらず、書かねばならないと感じるのは、本当はおかしいのである。けれども、他ならぬ私がそうだし、私の周囲もそんな人ばかりだ。

 おかしいけれど、その原因をひとつに絞り込むことは、おそらく難しい。

 惰性であり、習慣であり、今まで書き続けてきたからであり、書きたいものに出会ってしまったからでもでもあり、そのどれもがしかし、しっくりとは来ない。「小説とは何ぞや?」という問に、田辺は「あることないこと書く」と一応は答えてみる。けれども、「それはちがうともいえぬが、そうだともいえぬ、おちつき悪さ」を感じた、という。

 

 なぜ書くのか、という問いの答えを、あらかじめ複数用意しておくのはどうか。ひとつの理由が成立しなければ、別の理由が通るように、複数の道筋・回路を用意すると安全だ。
 「書くのが好きだから、楽しいから」だけなら、所詮は作業なのだから、書き疲れたら嫌になる。それしか持ち合わせていなかったら、そこで止まってしまう。「自分のため」だけも弱い。しんどい作業は所詮しんどいのであって、それがなんで自分のためなのか。「読まれて欲しいから」だけでは、読まれなかったときの失敗感が大きい。田辺の「紙が大好き」にかえて、「キーボードを打つのが好きだから」というのもいい。けれど打ち疲れたら、それも嫌になってくるだろう。ひとつひとつが駄目なのではなくて、そんな弱い答えでも、複数同時に取り揃えておけば、案外強い答えになるだろう。「美」でもいいのかも。
 私が好きなのは「作品数が増えるから」で、こればかりは書き終えてからのことなので、文句なしに嬉しい。毎年の作品数と書いた枚数を記録するのは、貯金の残高を確かめるように楽しい。たくさん書いている自分って、それだけでなんだか立派な気がしてしまう。えらい。えらいと自分を肯定出来るのだから、やっぱり書くことはいいことである。ついでに結果が当たればもっといいし、あるいは、ひとつ小説を書けば、それが次の小説の動力になる。
 宇野千代がいいことを書いている。

 

 どんな仕事でも、仕事というものは、一生懸命にしておりますと、必ず面白くなるものです。どうやればうまく行くか、どうすればもっとよくなるか、と考えます。そこに工夫が生まれ、仕事を通して、いろいろな知恵が生まれるのですね。すると、ますます面白くなる。
 一生懸命に打ち込む、この仕事をなんとかしたい、という気持ちがあれば、飽きるということはないのです。やりたいという気持ちがあれば、仕事の方から、逃げて行くということはないのです。仕事はいつだって、あなたの気持ち次第なのですね。ですから、仕事はあなたに応えてくれるのです。
 仕事は、裏切りません。心を打ち込んだだけの成果が戻ってきます。一つの仕事は次の仕事を生みます。次つぎと新しい道をひらいてくれるのです。それが仕事を積み重ねるということなのですね。
(……)仕事には、終わりというものはありません。これでよい、もうおしまいということがありません。先にも言いましたが、仕事というものは、一つのことをすると、そのあとに次つぎと新しい仕事が生まれるものです。精魂を込めれば込めるほど、仕事の仕上がったあとには、必ず、新しい工夫が生まれます。新しい意欲が盛り上がります。その意欲が、また新たな創作につながっていくのです。
宇野千代『私の幸福論』)

私の幸福論―宇野千代人生座談 (集英社文庫)

私の幸福論―宇野千代人生座談 (集英社文庫)

  

 締切さえ与えられれば小説が書けるのになあ、自分の設定した締切なんてつまらないな、という人がいるはずだ。その気持ちはすごくわかる。わかるけれど、宇野千代のこの文章に倣うなら、小説を書かせる原動力は、既に書いたものであって、他人ありきの締切なんかではない。もちろん締切も立派な原動力だが、それは他人に求められるような書き手にしか与えられないものであって、普通はそうでない(他人から設定された締切に苦しめるというのは、それだけで相当すごい書き手だろう)。既に書いた以上は当然次も書けるはずだし、前作の問題点を振り返れば、書くものがないなんてことは、絶対にありえないはずである。

 

 小説で苦しむというのは、それだけで本当はおかしい。
 多くの人は趣味を越えないだろうし、たとえデビューしたとして、文筆一本で食える人間はほんの一握りだ。趣味で苦しむとは、変な話だ。にもかかわらず、小説がうまくいかないから、現実の何もかもがうまくいかない、と嘘のようなことを考える人がいる。高良武久は、現実の様々な問題を、たとえば「頭痛があるから何もできない」「自分の顔が醜いからこんな目にばかり遭う」と単一の原因へ帰着整理することが、かえってその原因への関心と不安を強めてしまう、そうして神経質が生ずるのだ、と簡潔に説明している。

 小説だけ一本に絞るという生き方は、それでうまくいけば格好いいけれども、私は薦めない。うまくいかなかったときに、大変つらい目に遭う。小説に失敗したとき、疲弊してしまったときに逃げられる回路を、どこかに用意しておいたほうがいい。それは趣味以外の本業かもしれないし、別の趣味かもしれないし、書き物でも別の分野かもしれない。勉強好きの友人は、医学を勉強するにも国試対策だとか、海外の試験問題集であるとか、医療英語とか、手技の習得だとか、同じ医学の勉強でも色々に変化を利かせていた。

 高良武久の次の言葉は、精神衛生のためにこそ、心に留めておきたい。

 

 あることに重点をおいた場合、それがうまくゆかない時は、絶望状態になりやすいわけだね。これ以外に人生はないという重大なものがあったら、それができなければ非常に絶望状態になるんだけれど、普通の人間は価値の芳香をたくさん持っているから、これが駄目でもこれがあるというようにいろいろなことがあるから、一つのことが駄目になってもそう絶望状態にはならないね。これがなければ自分の人生は成り立たないというようなことがもしあるとすれば、それがうまくゆかない時に絶望状態になりうる。だから人間は、これがなければ自分は駄目だというようなものを作ることはちょっと良くないということだね。価値の方向はたくさんあるんだから。
 われわれはあるときには絶望の境地に陥るということは有り得るのだけれども、その他にやるべきこと、われわれを魅することはたくさんあるんだから、あんまり一つのひとに人生を賭けるということは良くないね。
(高良武久『木曜講話』)

高良武久著作集 (7)

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 いずれにせよ、書く人の務めはただ小説を書くだけだし、どれだけ真摯な懐疑、どれだけ真摯な絶望であろうと、目前の小説を進めてくれないのなら、絶対的に無意味である。なぜ書くのかではなく、なぜ書くのかと問わねばならないのか、という地点に立ち戻れば、案外答えは単純な疲れか、体調不良か、睡眠不足あたりに絞られてくるんじゃなかろうか。