書くことの清廉 ――清水博子『vanity』について

 

vanity

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  これまでの清水の小説の総決算である。総決算とは一個の終焉であり、本来であれば、そこからまた歩き始める出発点である。したがって、清水は、この『vanity』から別の小説へ歩き始めるはずだった、と書くべきである。しかし、清水博子が自殺者らしいということを差し引いても、そうとはとても思えない。
 『街の座標』と『ぐずべり』の下北沢・北海道の風土描写、『ドゥードゥル』の戯画性、『処方箋』の時間感覚と恋愛小説の筆致、『カギ』の風俗小説(自分がいま生きている風俗の記録、という意味で)の手法と、これまでの小説の技法が『vanity』には集積されている。実際には清水はこの小説のあとも、中短編を何本か文芸誌に掲載している。したがって『vanity』を遺作と呼ぶべきかは厳密には難しい。
 それでもこれは、清水博子の遺作である、と言い切りたい。

 清水博子の最高傑作は『亜寒帯』である。これは揺るぎない。技法的には『vanity』が優れていても、清水博子にとってもっとも重要な問は、小説を書くことに難儀する自分はどのようにして小説になるのか、というその一点だったのではないか、とあらためて思う。
 それは私小説の問題だ。ここまで長々書いていてあまりに今更だが、清水博子の本質は私小説作家だった。
 たとえば『街の座標』で自分を語るその自意識の俗悪さに舌打ちするのも、たとえば『カギ』が、「よく考えるのを躊躇してきた日々のつまらない出来事が、文字にする過程でなにかべつのものに変化してくれればとあわく期待」する妹の俗悪さを描き出すのも、根を同じくする私小説作家の自嘲だ。自分はどうすれば小説になるのか、の自分を、小説を書く自分、にそのまま置き換えただけである。
 自分は面白い、と少しでも自分を許せるのであれば、人はフィクションを書き続けられる。
 『vanity』の関西弁に倣えば、そこは「おもろい」人間の領域である。
 清水に限らず、私小説作家の風景描写は輝く。むかし南木佳士という私小説作家(と厳密に呼べるかは、これまた『vanity』を遺作と呼んでいいのかどうかと同じぐらい判断に悩むが)を集中的に読んでいたことがあったが、私小説作家は内面や日常の出来事や自分の俗悪さ(道徳的な、あるいはみみっちさに対する自己反省と同義だろう)ではなくて、風景描写で輝く。これは論理ではなく、単に観察だ。しかし、自分というのは本質的に面白みのない人間であり、自分の時間とは「日々のつまらない出来事」だというのが、私小説作家の自己認識なのではないか。そのとき、自分や自分の属する時間や出来事と離れた風景が、瞳の中で輝くのは、ごく自然な生理だろう。自分について書くほどに、風景は自分から遠ざかる。故に眩しい。
 私小説の欲望のひとつは、自分を書くことで、自分より遠い光を視ることではないか。

 物語としての小説は「空き巣」と「火事」から始まる。後者は『処方箋』の終盤を飾る挿話である。この冒頭の、「百七十箇月」という精密な時間のカウントも、『処方箋』からの流れを受けたものだ。

 画子は鶴巻町の自室で空き巣に遭った。その後、隣室がペットの小鳥を燻製にする小火をだし、窓際で寝ていた画子も燻製になりかけた。身をよせる場所がない、と米国に留学中の恋人に相談すると、かっこちゃんほんならうちつこたらええやん、とすすめられた。いきがかりじょう百七十箇月間つづけた独居を離れ、恋人の生まれ育った家で婚約者候補として遇されることになった。(p.1)

 画子は、かくこ、と読む。書く子、ではない。たぶん清水自身、書くべきは風景の描写である、という認識が、描写を排した『カギ』からあったのではないか。書く題材が神戸の山の手のマダムの『vanity』なのだから、ここで風景描写を捨ててしまえば、行き着くのは『カギ』の世界だ。清水がvanityを批判し続けるのは、世俗への嫌悪というよりは、実際には自分のなかに根付く、書くことに伴うvanityへの攻撃意識だったのではないか。世俗を批判することほど世俗的でくだらないものはないし、実際清水の世俗批判は、大して面白くないのである。誰にでも攻撃できるものを攻撃しているだけ、という気がする。私にはここまで清水がvanityへの敵意を燃やし続ける理由がわからなかった。根拠はなにもなく、妄想に等しいが、仮に清水がただ自分のvanityを憎んでいたのであれば、頭の中の説明に、筋が通りはする。

 おたくを使わせてもらってなにをすればいいの、と問うと、行儀みならいでもしといたら、と恋人はのんびり云う。(p.4)

 「六甲の山ン中」の「恋人の母親であるマダム」に「行儀」を習う、それが小説の物語だ。もちろんその「行儀」とはvanityそのものなのだから、実際に清水博子=画子は耐えられるわけもないし、そこに『カギ』より洗練された精神的嫌がらせの描写が滑り込んでくる。
 行儀を習うとは、異文化との衝突であるし、小説の王道だろう。
 『vanity』とは、清水博子がそのまま小説の「行儀」を勉強する小説でもある。かなり失礼な物言いなのは承知なうえで、『vanity』以前の清水は、たとえ描写が得意でも、描写と物語の混合物としての「小説」はやはり苦手だったのではないか、と結論するしかない。印象的なエピソードの羅列があろうが、たとえば『カギ』の日記の日付のように、定まった時間形式にはめ込まれていようが、物語を内に孕む小説は、それだけではうまくいきにくい。『vanity』は違う。これは、ごく率直に、ウェルメイドな小説である。私には確信は持てないが、谷崎潤一郎に「行儀」を教わった結果かもしれない。

 うちに帰ってきて部屋の温度がちょうどいいっていいわね、とマダムが云えば、タイマーですから、と画子は応じ、夕食のあとゆっくりお茶を飲むなんてなかなかないの、と云われれば、給湯器ですから、と応じる。マダムは笑わない。あたぁしが雨戸を開けなくても朝日が入るっていいわね、とマダムがつぶやけば、雨戸の開け閉てのうるさい娘として否認されたことになる。(p.11)

 「あたぁしが雨戸を開けなくても朝日が入るっていいわね」が「否認」になるのは単に嫌味なのだが、清水博子のヒロインたちがしばしば躓くのは、これに代表されるような意味の多義性である。『ドゥードゥル』や『処方箋』の主人公たちが妄想に苛まれるのは、ひとつの言葉や出来事から際限なく意味が拡張するからである。このマダムの「否認」は、清水博子のヒロインにとっては、もっとも相性の悪い物言いだろう(もっとも清水には限らないだろうが)。
 だから小説は、最初から清水博子=画子が、「マダム」の曖昧な物言いに挫折することを運命付けている。
 『vanity』は清水が歩いてきた小説の回想であり、総決算である。したがって、『vanity』に登場する歯科治療の場面も、『街の座標』のそれに重ね合わせて読まずにはいられない。後者の歯科治療は、「白い紙に鉛筆の芯を押し当て文字のかたちに黒い微粒子を残していくことと、黒く蝕まれた部分を金属の尖端で削り取って白い歯を掘りあてていくことは、本質的におなじ」とされた。清水が歩いてきたのは、変則的ではあるが、私小説の道程だ。「蝕まれた」不浄な部分が削り取られ、「白い歯」に変じていくとは、「日々のつまらない出来事が、文字にする過程でなにかべつのものに変化」していく過程と同一だろう。

 疼痛は虫歯のせいではなかった。すでに神経を抜きかぶせものをしてある奥歯の根が膿んでいたため、かぶせものをはずし根の治療をし、最終的には型をとりあらたにかぶせものをする、と慎一郎の親友の義弟である院長が、画子の歯茎のレントゲン撮影写真をかかげながら説明した。(……)いったんかぶせものをはずし根に薬を注入しないかぎり痛みはおさまらないと宣告された。
 (……)いやおうなく金属のドリルが入ってきて回転をはじめた。画子は自身の口腔が粘膜の天幕がはられた空洞であることを感知した。するどい痛みはないが、熱い圧覚があった。自覚しえない箇所にあたえられる刺激に画子は朦朧とした。(p.92-93)

 同じ歯でも病変部位が違う。『街の座標』は「虫歯」だが、『vanity』の歯はすでに「神経」を抜いてあって、それでもなお溜まる「奥歯の根」の膿瘍である。歯科治療が探索的に書くことであり、清水において書くことが私小説を書くことならば、本来「神経」が感じる「痛み」とは、端的に書き難い自分、目を覆いたくなるようなvanityに直面させられる苦痛だろう。しかし、画子には最早「するどい痛み」を感じる神経が無い。自分をあたかも他人のように語る詐術を、たとえば麻酔と喩えていい。物語の麻酔のなかで、他人について記しているつもりになって、思いがけない自分の「自覚しえない箇所」を研削するのも、小説の日常風景だろう。最初は痛む。しかし、麻酔に慣れればそれは「熱い圧覚」へと成り下がる。
 清水は常に鋭さを求めていた。
 清水が厭うのは鈍麻した神経であり、鈍麻した自意識であり、鈍麻した物語なのだ。だから清水の小説はいつも知覚過敏であり、自己反省に苛まれ、物語とは別の現実を選ぶ。
 どんなに愚鈍な現実であろうが、そこには小説にはない「するどい痛み」があるからだ。
 
 それは、あまりにも清廉過ぎやしないか。
 自殺者に対して、清廉、という形容をするのは生きている人間の傲慢だ。こんな才能があったはずだとか、こんな作品が書けたはずだという夢想も、私は同様に好かない。単なる後出しである。だがそれでも、物語を拒み、優れた私小説作家に発展できたはずの清水が、途中でその生を断念しなければならなかったのは、この「するどい痛み」と「熱い圧覚」を敏感に区別出来てしまう才覚の故ではなかったか、とつい思ってしまう。「かぶせものをはずし根の治療をし、最終的には型をとりあらたにかぶせものをする」とは、ある人には治癒として聞こえ、ある人には膿瘍と「熱い圧覚」の反復するという、不治の事態に聞こえる。
 『街の座標』を読み終えた時点で、私は清水博子がどうやら自殺者らしいと知っていた。清水が『ドゥードゥル』で世俗としての物語を批判し続ける態度を見て、だから彼女は書けなくなったのだ、と安易に考えた。しかし『処方箋』以降の清水は、むしろその物語に順応していった。「行儀」を見習った、と言ってもいい。その清水が『vanity』を実質的な遺作として命を絶たねばならなかったのは、作品が文芸誌の誌面に掲載されなかったのも間違いなくあっただろうが、それ以上に、鋭さへの欲望が作用したのではないか。
 自殺は、見ている側が嫌になるぐらい、鋭い変化だろう。
 自殺は単に病気だ、と結論するのが良識だが、その思い切りの良さには、一種の清廉さがある。あってしまう(あってほしくない)。人は、自分で馬鹿馬鹿しいと思っていてもなお、自殺者へ自然に清さを見出してしまう。あるいは、こんな描写である。

 画子の生まれた白いコンクリートの街に陰翳はない。不潔にまみれたくてもまみれようがない。ことに夏は団地に陽が反射し、どこもかしこも眼が痛くなるほどまばゆい。光がまんべんなくゆきわたるひろくたいらな路面では、痴漢がときどきあらわれ、交通事故が多発し、屋上から飛び降りた人間が屍となる。有機物と化した自殺者は腐敗するまえにほうむられ、人格のありようは保留される。ひととしてどう生きるかなどという大事は問われぬまま、白い壁にへだてられた時たちが刻まれていく。(p.75)

 「光がまんべんなくゆきわたるひろくたいらな路面」は、絶対的に鋭い陽で「眼」を突き刺す。死の側に属するその眩い地点は、しかし「人格」に代表される生の不潔にまみれることもなく、「ひととしてどう生きるか」と立派な「大事」を押し付けてくることもなく、ただ静かな「時」を与えてくれる。
 清水はこのときおそらく、鈍重な「不潔」と鋭い「陽」の境界地点に立っていた。微細な因子の積み重ねが、清水を平等に、どちらの位置にも運ばせたと思うのは、終わりからの後読みに過ぎない。

 画子にはなにもない。かっこちゃんは虚無だ、と元恋人が云ったとおり、三十二歳になってもなにもないのがいまや取り柄なのだ。もし虚無などと断定されれば眉間に皺をよせ唇をとがらせ反論した二十代が終わってほんとうによかった。(p.97)

 人は、口では自分は「虚無」のように言っていても、内実ではさしてそうは思わないはずだ。虚無だと思える自分は、少なくともその瀬戸際で何がしか中身のある人物のように感じるはずだし、私はそれをつまらない意地っ張りとは考えない。しかし、清水はたぶん、本当に「なにもない」と、ただ清廉に考えていた。
 「虚無などと断定されれば眉間に皺をよせ唇をとがらせ反論」するのは、正直にそう考えられてしまう人にだけ許される特権だ。「なにもない」と他人に突き付けられて、そうかもしれない、と弱気な笑いを装い、本当になにもないな、と自分で思いながら、しかし相手に合わせてやるつもりで、どこかにそうではない自分の余裕を見出すのが、卑怯であろうが、自然な心の動作だろう。間違いなく、それでいいはずなのだ。
 書くことの不潔から出発した清水は、たぶん書くことの清廉を夢見ていた。そんなものはあり得ない。だから清水の夢は、どこか少女小説じみている。だから清く、だから「光がまんべんなくゆきわたるひろくたいらな路面」のように、底知れない。清水博子に今もってその小説を読む価値があるとすれば、不潔な言葉の世界に広がる、夢の清さ、そして底を覗くことが躊躇われるような、その眩い鋭さなのだろう。【了】

紙に沈む字 清水博子『カギ』について

 

カギ

カギ

 

  傑作のあとの、模索のための一作、と位置付けられる。
 谷崎潤一郎の『鍵』に題材を取った小説で、互いの日記を盗み読む姉妹が主役となる。姉は金持ちの未亡人でマンションを資産に有し、時折株に触れ、サラリーマン家庭の専業主婦である妹は、現在の生活に満足せず、姉に嫉妬を覚えている。嫉妬の原因は、単に生活の格差だけでなく、夫が姉にも気があるように感じているのにもある。疑念と嫉妬は、清水博子において繰り返されるモチーフだ。妹は「無限のかたがたにごらんいただくことを励みに」(p.3)ブログを書き始める。「よく考えるのを躊躇してきた日々のつまらない出来事が、文字にする過程でなにかべつのものに変化してくれればとあわく期待」するのは、書けない人の最後の拠り所に近いかもしれない。とはいえ、二人があからさまに小説を書き出すようなことはないし、書けないことへの苦労が自家中毒的に書かれることもない。そこにあるのは、中流以上の人々の、平凡な生活雑記の域を出ない。もちろん他人の日記を盗み読むということは、その秘密のくだらなさは十分承知のうえで、しかも何故か面白いという不思議な経験ではあるし、日記を盗み読む女たちは、そのまま小説を読む私たちの姿でもある。無関係な他人の秘密を主題にした物語は世の中に溢れていて、私だって、秘密の暴かれた瞬間にちょっと興奮を覚えずにいられない。そうした主婦たちの日記は、同じようにインターネットに書くしかない主婦たちを読者にしているのだろう(本当のところはよく知らないが)し、そこには作中の妹のように、「vanity」があるに違いない。実際に作中で姉が散々に書くように、粗末な自意識から成る書き物を戯画的に取り扱うのも、清水博子の使い慣れた道具である。
 清水博子の小説を一種の描写中毒だとすれば、それは自己開示の中毒、といっていいのかもしれない。
 もっとも、自意識、という言葉は、あまりにぞんざいに扱われ過ぎてはいる。こうした毒々しい目線は、『ぐずべり』以前、とりわけ『ドゥードゥル』にあったものだし、清水博子の小説からそんなものを読んでも仕方がない。もっと巧みに書ける人間がいくらでもいるし、また自意識という主題は、書き易いわりになんだか歯切れが悪い悪口か、それを振り切るために極端な戯画化に踏み込もうとして無残に失敗に終わることが多い気がする。たぶんこれは、ほかならぬ小説の読み書きにおいて自意識を振り払えないあたりに起因して、そのジレンマは他ならぬ清水博子が『ドゥードゥル』で示したような、苦い自画像、という形式でしか解消できないのではないか。
 小説的な技術の巧みさは、『街の座標』から比較すれば格段に成長している。読みやすさと言い換えてもいい。日記の特性として、時間感覚は無理にでも刻まずにいられない。どうしても時間感覚=物語の秩序を失いがちな清水がこの形式を採用したのは自然であるし、また場面を細密に書き過ぎる清水博子のヒロインたちに、「疲れ」という上限を持ち込むのも正しい。だから本作は、ここまで私が読んできた五作の小説のなかでは、もっとも生理的に読みやすい。

 問のないところに傑作は生まれにくい。
 傑作とはその人の生きてきた問への一個の解答であり、『ぐずべり』の、とりわけ『亜寒帯』が、書くこと自体を小説にするにはどうすればいいのか、という問を見事に作品化しているのは既に書いた通りだが、『カギ』には同じ問は見えてこない。もちろん、同じ問に二度答える必要はない。
 裏返せば、私たちは『カギ』から第二の問、あるいはその可能性を読まなくてはならない。『ぐずべり』以前と比較して、明らかにこの小説で捨てられているのは、描写である。意識的な封印、と言っていい。土地の土地らしさ、物の物らしさ、といったその固有のリアリティはどうすれば書けるのか、という『街の座標』からその文体を支えてきた問は一旦放棄されて、表層的なブランドや地名や料理の名の羅列に言葉が尽くされる。したがって、『カギ』という小説を考えるにあたっては、次のような問を鍵に考えなくてはならない。なぜ清水は『カギ』において描写を捨て、固有名や単なる品目の羅列に文体を切り替えたのか。
 そして、そこから清水は何を探し求めようとしたのか。
 そもそも描写とは何なのか。 
 思えば多くの小説において描写は不要品である。小説は何か、と訊かれたら私は物語と文体=描写の組み合わせだ、とたぶん暫定的に答えはするけれども、それは文芸寄りの回答であって、実際には文体=描写がほとんどないか、単に慣例として書き込んでいるだけの小説のほうが世間においては多いだろう。新奇な舞台設定には説明としての描写が必要だろうが、では、私たちが見慣れているはずの風景にまでわざわざ描写を必要とするのは何故か。たとえばコンビニ前と書けば誰だってその風景を想像するのに、そこに冴えない白いライトバンが律儀に横並びになっているとか、家庭用ゴミは持ち込まないでくださいと掲示されたゴミ箱から、何が入っているのかわからないビニール袋が不潔に突き出しているとか、そういうことをわざわざ書くとき、何が起きているのか。もちろん、描写に意味が存在するのは、文体=描写と、物語における問とが重ね合わされるときだ、とこれもまた、一応は答えることが出来る(小説における没入感に楽しみを見いだせないのでこんな貧相な答えが出てくるのだが)。たとえばその完成形が、『ぐずべり』の「白」と「黒」の描写だろう。
 別の答えとして、風景描写とは、それ自体が問を探り出す手つきになり得る。たとえばなにか恐ろしげな描写をしているとき、そこには書く人が自分なりの恐れの対象を見つめようとする意識が潜んでいる、と言い換えていい。先行する恐怖があるからか、それを催させる描写があるから恐怖の対象へ意識が向かうのか、その順番自体に意味はないが、描写とは主題を探し出そうとする意識だ、と言える(こんな読みは、いかにも文学を独学でかじった人間がしそうなものだが)。
 だから、描写をスキップして物語からいきなり始めるのは、オープニングの短い映画のようなもので、読み手には親切かもしれないが、(特に物語以外の小説を)書く人には選びにくい手段だ。かつて宇野千代が、小説を書き始めるには窓から見える風景を書き出すだけでいい、と豪語した文章を読んだことがあって記憶に残っているが、確かに小説を書くうえで安定するのは、物語ではなくて描写から始めるほうである(もちろん、ちゃんと物語を考え抜いて書けるのであればそんな無意味な苦労は必要ないのだろうが)。

 裏返せば、描写の欠如とは主題の欠如に、かなり近い。主題には物語のほうから与えられるものと、文体=描写のほうから浮かび上がってくるものがあって、前者の主題を意識的に拒むとき、いわゆる文芸小説が出てくる可能性が高いだろうが、『カギ』という小説はこの文体=描写が欠如している。日常のよしなしごとを書くばかりで、どうにも作者がそういう主題に向いている気がしてこない。というか、そうした日常雑記を小説にするのであれば、強みは自分が生きて見た風景の描写ではないか。
 確かに姉妹の性格は悪いかもしれないが、この程度の卑しさはありふれているし、第一私にもあるし、もっと言えば卑しさの描写というのは実は清水は然程得意でない気がする。笑える細部はあるし、独り者のエッセイスト、という枠に安住出来そうな優れた表現もある。そこを紹介してやり過ごすのもいいし、実際それがこの小説の魅力ではあるのだが、個人の我儘として、清水博子には、そんな風にいてほしくない。
 とはいえ、問の端緒、欲望の欠片のようなものはある。地名、ブランド名、種目名が意味するところは、それがその言葉だけで終わる、というところだ。たとえばこんな記述である。

 姉のおみまいに行ってきました。
 ソニーミュージックエンターテイメントに勤める友人に連絡しましたが外出中。
 マリナ・ド・ブルボンでひとり飲むパッションフルーツのお茶もいいものです。
 一階のミューゼ・ド・ウジのスーツをみましたが、着る機会はなさそうです。
 インテリアショップでテーブルクロスとランチョンマットのセットを注文しました。
(p.23)

 妹の文章はこうした「vanity」の空虚さが主題なのだが、よくよく考えてみれば、ここには感情による形容は殆どない。「マリナ・ド・ブルボンでひとり飲むパッションフルーツのお茶」は、「いい」という価値判断はあるが、「マリナ・ド・ブルボンでひとり飲むパッションフルーツのお茶」と言われれば、そこで描写が無くても、そういうものなのだな、と納得してしまう。これは、実のところ、外界に目を向けるに際して、「きれい、といって言葉に躰を預けるやり口も、きたない、といって言葉で身を守るやりくち」をも拒み、「なにも考えずながめてい」たいという『ぐずべり』における藍田亜子=清水博子の願いの、別の経路での達成である、といえる。マリナ・ド・ブルボンという字面はたんなる気取った、虚飾の文字列と言われればそれまでだが、フランス語をろくに知らない私が、なんだか勝手で浅ましい美しさを感じてしまうのは、否定しにくい。そのとき私が見ているのは、「なにも考えずながめて」いられる言葉ではないか。

 『ぐずべり』はその「風景」を全て細密画のように言葉にしていったが、『カギ』は「風景」を固有名詞に帰することで、その描写を省略する。『ぐずべり』の藍田亜子であれば、いちいち紅茶の色がどうとか、カップがどうとか、店員の態度がどうとか書き込んでいったに違いないが、厳密には、描写にも価値判断を差し挟む言葉に「躰を預ける」「身を守る」のと変わらないような、選択の目つきがある。その選択の偏差から、感情としての主題が産まれる、といっていいかもしれない。それをも拒むことは、思考的な厳密さ、と呼べはする。けれど、その偏差なくして小説における描写=主題は立ち上がってこない。 
 裏返せば、『カギ』という小説は、まさにその描写の放棄をもって、描写がどういう欲望を意味していたのか、という自己試問だったのではないか。それは、ともすれば「マリナ・ド・ブルボン」という固有名の羅列に帰着しかねない願いでもある。もちろん小説家の能力として、描写に頼らない、単に出来事だけで小説が書けるかという問もあっただろうが、それについては、やはり清水の美質は描写である、と結論しないわけにはいかない。『ぐずべり』において、描写の可能性の、一個の底まで辿り着いた清水博子が、それとは別の問の可能性を模索した過程が『カギ』である。小説の結末は、2002年の時間的な終わりに際して強制的に打ち切られるが、これ自体、検索の断念である、とも読める。あるいはその続きは、『vanity』という清水博子最後の小説に期待してもいいのかもしれないが、ともかく『カギ』は次作のための、準備段階に相当する小説だろう。しかし、清水博子に触れるうえでは、もっとも手には取り易い一作ではある。

 ところで、マリナ・ド・ブルボンとは本当はフランスの香水店で、日本の紅茶ブランドが名を借りていたらしい。金色の紅茶缶はウェッジウッドを想わせるような、シックな青と水色のストライプが美しいが、今は花水木という本来の会社の名前に戻って、まるで喉飴の包装紙のような、ずいぶん味気ないデザインに変わってしまっている。恵比寿のティーハウスが残っていれば、たぶん今週末にでも喜々として「マリナ・ド・ブルボンでひとり飲むパッションフルーツのお茶」に口をつけただろうけど、残念ながら今は筑波に洋館風の本店があるだけのようだ。紅茶だけで筑波は遠いが、「マリナ・ド・ブルボンでひとり飲むパッションフルーツのお茶」が、あるいは雑誌や陶器の固有の名が、ひとつひとつgoogleで検索して既に実在しないことを確認し、今はもう小説の字面としてのみ沈殿しているのを上から見下ろしていると、ダムの底を覗くような気分になる。固有の名の消滅は、検索なくしては簡単には知り得ないのではないか(もしインターネットがなかったら、私が清水博子という作家を読み始めることはなかったかもしれない)。他愛のない紅茶店の閉業でも、インターネットはすべて記憶に留めてしまう。『カギ』という一種の通俗小説がインターネットについて書かれたものだとして、私が本当に読むべきなのは、いつまでも忘れられずにいる遠い物々の終わりの、その不思議な切なさかもしれない。【了】

白黒結晶 清水博子『ぐずべり』について

 

ぐずべり

ぐずべり

 

  傑作である。清水博子を読むならこの一冊、と決めていいかもしれない(まだあと二冊残っている)。そして清水博子の不運のひとつは、本書でなく『処方箋』で野間文芸新人賞を獲得したことだと思う。賞の受賞作よりもその前後のほうが素晴らしい、とは文芸では実にありふれたことで、それを強調するのも今更の感しかないが、しかし清水博子はやはり本書で何がしかの賞を得るべきだったのではないかと惜しくてならない。とりわけ、収録作のうちの、『亜寒帯』で。
 小説の書かれた時期を厳密に考えるのは難しいし、まして清水博子のような作家に、そのような史料は期待しにくい。完成と掲載までのタイムラグも当然あるだろう。つい最近亡くなったばかりだから、あるいはその正確な日付を知るのはさほど難しくないのかもしれないが、『ぐずべり』に収録された二作はいずれも群像の掲載作で、『亜寒帯』は1999年、表題作は2002年。『処方箋』は2001年にすばるに掲載された小説だから、『ぐずべり』はちょうど『処方箋』という、半ば清水自身の治癒過程じみた小説の、その前後を収録した本になる。病前と病後、と呼ぶのは言葉遊びに過ぎないが、『亜寒帯』と『ぐずべり』は、それぞれ『ドゥードゥル』と『処方箋』で清水博子が追い求めたものの結晶である、と先に結論出来る。

 前者は物語を疎い、描写のみで成立可能な小説を追及していくベクトルであり、それが北海道という特異な地(思い返せば私は驚くぐらい北海道が舞台の小説を読んでいない)そして十三歳という特異な時間の描写へと結実する。描写だけで小説を作り上げていきたいなら、特別なもの、自分に古く根ざしたものを描写していくのは自然だし、それは『街の座標』の、ある土地の息遣いはどうすれば書けるのか、という問を正しく生きた結果でもあるだろう。過去形・現在形・未来形の時制のバリエーションが絡み合い、あるいは少女以外、時には物体にも視点が飛んでいくのもまた、物語以外で小説に動きを与えようとする、描写小説の試みと見て差し支えないはずだ。つまり、『亜寒帯』は『街の座標』から『ドゥードゥル』において体現し切れなかったものの達成、といえる。もちろん『ドゥードゥル』の戯画性も多少は引き継いでいるが、それは少女の毒舌、というしっくりくる形式に落とし込まれている。
 後者は物語の許容であり、時間感覚の獲得である。その典型として、清水が書くのは『亜寒帯』と同じ藍田相子の属する、一族の家族史である。たぶん『処方箋』以前の清水博子であれば、そのような試みは許さなかっただろう。たとえば、『亜寒帯』の藍田亜子が、こう厭うように。

 結婚したくない、というこざかしい返答で藍田が隠そうとしたのは、家庭の事情が語られることへの戸惑いだった。父親の死、母親の死、兄弟姉妹の死は、ひとの子であればだれもが経験するありふれた場面でしかないのに、家族を亡くしたひとは喪失を埋め合わせるために物語をはじめずにいられないらしい。親が子に自分の親の死を聞かせ、その子が親の死を悲しみ、さらにはいつか孫がだれかの親となり死が語り継がれる。家庭の物語の循環は無限であり、ましてやそれらがすべて文章に綴られ流布する事態を想像すると、途方もなく死にたくなる。藍田はいまもこれからも家族の死を書くつもりはないし、書かれずにすむよう家族を持ちたくない。(P.44)

 実際に『ぐずべり』の家族史をどう捉えるかは難しい。家族史が単なる事実の列挙から成り立つから描きたかったのか、それとも物語でしかない家族史の些末な事項を書き連ねることで無化させたかったのかは、この小説だけでは判断が難しい。あるいは、両方かもしれない、と思う。
 前者に通じるのは、たとえば「ゆらぐ光の風景」を、「きれい、といって言葉に躰を預けるやり口も、きたない、といって言葉で身を守るやりくち」も通過せずに「なにも考えずながめているのがよかった」『亜寒帯』の藍田亜子の態度である。それは単なる女子中学生の自己嫌悪ではなくて、清水博子の文体に潜む願望そのものだろうと思う。感情による形容を差し挟むことなく、「なにも考えずながめている」対象の複雑さ、その立ち上がり揺らぎを全て書き表していきたいという夢想は、清水博子の、煩瑣であるが時に透明といっていいほど澄んだ文体に通じる。たとえば、次に引く『亜寒帯』の書き出しは、私が読んできた清水博子の言葉では、いちばん響く。心のなかに留めて、諳んじれるようにしておきたいぐらいだ。


 タイマーの設定時刻ちょうどにストーブが着火し、サーモスタットが作動し温風が吹きだし、机につくねられた本の頁をめくり、冷えきっていた窓枠がしだいに露で覆われ、遠くからやってきた除雪車が窓枠の端に入り、室内を暖める石油を備蓄した屋外タンクのまえをのろのろと通り過ぎ、そのうしろからあらわれた黒い犬がならされたばかりの雪をえぐって駆け出すがすぐにまた駆けるのに厭きたようにたちどまり、路肩に引かれたての轍を一足跳びし、また薄暗いうちからエンジンがかけられた無人の自家用車を一周して去り、そうしておもてで動くものはすっかりなくなり、二重窓で遮断された部屋のストーブは舌打ちのような音をたてながら室温をあげていき、外壁と内壁のあいだに埋められた触れれば皮膚に微細な傷をつける断寒材が熱をふくみ、燃えさかっていた炎が種火となり、窓枠の露がついに雫となって本の頁にしたたりおち、滴のレンズの作用で文字の輪郭がゆがみ、昨夜読まれることのなかった文字がぼやけ、水のしみた頁をゆっくりと裏返して温風がとまり、部屋はもうすっかり暖まっているのに、藍田の家の娘はまだ睡っている。(p.5)

 ここで「着火」するのは小説であり、たとえ「藍田の家の娘」が「睡って」いたとしても、世界には微細な動作が満ち溢れている。紙の白を覆い潰すかのようなその列挙は、「言葉に躰を預け」るのでもなく、「きたない、といって言葉で身を守る」のでもなく(これは清水なりの自己反省かもしれない)ただ植物図鑑の頁をめくるような楽しさがある。何でもない少女の部屋に、『亜寒帯』の火と風と水が動いていて、もちろん日々生きているうえでは気にも留めないような細かな現象だろうが、そこに目の焦点が合う。他人の眼が乗り移ってくるような面白さは、小説のひとつの本態だろう。あるいは、ここには、なんとかして小説を動かしていこう、という清水なりのいじましい「タイマー」がある。

 寝ても醒めても、おなじみぶりの繰り返しにすぎない。寝ても醒めても、雪はまっすぐにひっきりなしに降っていて、いつ降りはじめたかもいつ降りやむかもわからず、だからだれも雪のことなど意識しない。(p.6)

 『亜寒帯』の力学は、仄かな思慕を抱く相手の「牛乳色の外套」や、あるいは雪に代表される「白」と、石炭やバレンタインの「黒い菓子」(この形象の重なりは、清水なら眉を顰めるだろうが、美しい)に代表される「黒」から成る。書かれない空白の白、書かれる文字の黒、のせめぎ合いと読んでもいいだろう。小説は書かれないこと、書かれたことの渦として読める。
 『亜寒帯』は、白と黒の物語である。最後は石炭の黒に汚された藍田亜子が、憧れていた女が「牛乳色の外套」を脱ぎ去って、不倫相手と車で走り去っていくのを目撃する場面で終わる。白から黒とは、書く動作そのものである。清水博子が度々失敗してきた、書く動作自体を小説として結晶化させようとする試みは、『亜寒帯』において完成している。あるいは、白から黒とは、書かれない世界の丸裸の姿が、言葉によって汚れていく流れでもある。『街の座標』で経血と言葉が不潔さにおいて結び付けられたように、ほぼ描写されないに等しいが、『亜寒帯』は初潮の小説でもある。
 初潮について言外に書かれた小説は、たとえば津村節子の『茜色の戦記』のように、普通は「赤」を主題の色に選ぶだろう。そこに「黒」を選ぶのが、清水博子の非凡さだ。

 ひとつ興味深い点を挙げておきたい。動物の立ち位置だ。藍田亜子が美術室で昼食のパンを食べさせている猫の「ニキ」は、「二毛つまり白と黒のまじりあった鼠色」として描かれる。書く黒と書かれない白のせめぎ合いとは、徹頭徹尾、人間の世界の出来事でしかない。清水がこの「鼠色」の動物の方向性に書き進めていけば、あるいは別の発展があったのではないかと思う。清水なら、こんな妄想は真っ先に馬鹿にするだろうが。
 美術室の石炭ストーブは、「赤くなり、熱くなり、蒸気を発し、黒い石を薬のような白い粉末に変える、そんな金属の塊」(p.54)である。「黒」の石炭を「白」の灰へ変換するのが炎である。書かれた言葉は覆されない。初潮は引き返せない。本当であれば、白は黒に塗り潰される。「白」の側に位置していたはずの女が、不浄の世界へ消えていくのを目撃した、その小説の最後の文章を読み返す。

もう帰るきっかけなど見出せはしないのだと、藍田はちいさな絶望をひとついだいたが、後年記憶に残りつづけるのは、絶望感ではなく、女の愚痴でもなく、この日の大胆ともいえる自身の行動でもなく、写真館特有の薬品のにおいでもなく、牛乳色の外套の女のことですらなく、ストーブの通気口からのぞいていた石炭の熛火だけだった。(p.80) 

 ここで「石炭の熛火」が記憶に焼き付くのは、それが黒から白へ逆戻りしていく装置だからだ。初潮なくしては、疎ましい妊娠も結婚もあり得ない。言葉なくして書くことの苦しみもないだろうし、感情を宿した形容詞で(たとえば受け止められない経血が垂れ落ちるように)世界を汚すこともない。だから藍田相子=清水博子においては、白から黒へと巻き戻す「石炭ストーブ」が、夢の機械として立ち現れてくる。幻である。故に甘い。『亜寒帯』は、そんな苦味を湛えた、少女小説の傑作である。

茜色の戦記 (新潮文庫)

茜色の戦記 (新潮文庫)

 

 

LONG APOLOGY LETTER 笠井康平『私的なものへの配慮 No.3』の私的な感想

shitekinamono|いぬのせなか座

 

 この理論と描写と私小説の混合物について感想を書くべきか、正直かなり迷った。まず小説以外について書くのがどういうことなのかさっぱりわからないのである。あと、理論と描写の部分がよくわからない。
 たとえば批評を批評するとき、普通はその正誤の検証か、台詞の長い登場人物を人物論として論ずるのが普通だとは思うが、私には批評なんか書けないので、小説と同じように感想を書くことになる。
 小説について書くときにある程度小説の中身がわかると実感するのがそもそも妄想なのだが、一応は小説を書いてきてはいるので、小説の内部の仕掛けを覗き込むことは出来る(ような気がしている)。「これはこんな風に書かれたに違いない」という妄想を、とんでもない厚顔無恥で晒すことも何故か出来てしまう。少なくとも、自分がまた書くときの手がかりを、記憶として本のなかに仕込むことぐらいは出来るようだ。
 私は小説について原稿用紙10枚分ぐらいは楽しく書けるが、評論は書いた経験がない。
 しかも、作中に書かれた「彼」を、たぶん一般の読者よりは近い距離で知っていて、作中の「僕」がそうであるように、ある程度の時間の積み重ねがあったところでその死をうまく遠くに置けているかというと、帰りの電車で「彼」の小説評とツイッターの引用を見て、一度本を閉じるぐらいには出来ていない。

 それでも書くのには理由がある。
 第一に、作者に上石神井でおごってもらったイタリア料理の店がうまかった。これは大事なことで、一宿一飯という言い回しがある。先輩ならおごるのが自然かもしれないが、私も出しますよ、と言い挟みようがない完璧な所作の流れがあった。大体、二人合わせて八千円か一万円ぐらいだったと思う。ブルーチーズのリゾットがおいしかった。
 第二に油断である。清水博子(全然物語を書こうとしない)や、高橋弘希儀礼的に物語をちゃんと書き込んでいる)の小説を読んでも物語部分にはあまり目がいかないのだから、批評の本筋とは別の部分を読んで感想も書いていいんじゃないかと、軽率にも思い込んだ。
 第三はスケールの小さな野望だ。批評についても原稿用紙10枚ぐらい書けてしまえたら、「小説家を読む」ではなくて「批評家を読む」も出来そうだ(私は前々から秋山駿のお友達ということで磯田光一を読みたかったのだがずっと放置していた。著作数も少なくてよい)。
 第四は反省。私も「彼」の死について何回か不躾に小説に書こうとして大失敗していて、この私小説=私批評もその部分についてはいまいちうまくいってはいなさそうというあたり、やはり読み飛ばせない、つまり書きながらでなければ読みたくないものがある。解決出来ていない問題は小説にしても面白くないんだよ、と私の信頼している友人が私のだめな小説を読んで、さらりと鋭い感想を漏らしたことがあった。
 第五は恩義。読み手がいなくて当たり前の清水博子についての感想を、著者がときどきツイッターで星を付けてくれる。第六も同じく。清水博子の『処方箋』を読んで、著者がそのイタリア料理店で感想をくれた。第七は器物破損。二三年ほど著者から借り続けていた『金と芸術』を私はまったく読んでおらず、しかも本の取り扱いが粗暴極まるせいで、乳白色のカバーが薄汚れ擦り切れていた(大変勝手だけれども、これを読んでいる人は私が何を言っても絶対に文学書は貸さないようにしてください。医学書は今すぐ必要な場合なので貸してください)。Amazonで緊急に取り寄せてすり替えればよかったものを、その労すら怠った。
 要するに、書かない理由より書く理由のほうが圧倒的に多かったので、書くことにした(こんなイントロダクションを読まされた作者はたまったものじゃないだろう。私も本当に嫌なのだが書きものに関わるとなると途端に幼稚さを丸出しにする人種がいて、私がそうである)。

 ただし、私にはこの本に書かれていることはよくわからない。特に言語処理云々、個人情報の取り扱い云々はわからないし、興味が持てない(すいません)。また興味がない人間にわかるように書いているとも思えない(わかるように書く必要はないし、これは私がよくわからない部分を退けるときに使う常套句である)。じゃあ小説なら書いてあることがわかるのかというと、清水博子の作品はあまり分かってないままに読み進め書き進めているので、とりあえず『私的なものへの配慮 No.3』について書き進めていってもさしあたり問題はないだろう(誰の? と『私的なものへの配慮 No.3』の著者なら注釈を付けるんだろうか?)。
 たぶん本書について正確な感想はインターネットのどこかにあるはずなので、そういうのが読みたい人はちゃんとそっちに当たってほしい。清水博子の感想が正確な感想かというと、もちろんそんなことはない。
 
 長いイントロになった。私的な感想でなければ、「小説は告白的な書き出しから始まる」の部分より上は全部削除している。ともかく私の話なんかはどうでもいいので(清水博子も自分の話をする前は緊張して戯画に頼っていたように思うが)ともかく本書を読まなければならない。もうひとつ先んじて言い訳しておくなら、ここまで既にたくさんの注釈を重ねたのは本書の信じ難いほどみっともないパロディを試みたのではなくて、私はもともと括弧の注釈が多いのである。人前に晒すときは、だいたいは外すけど。

 小説(便宜的にそう呼ぶ)は告白的な書き出しから始まる。

 彼の死んだ日がいつかを僕は知らない。だけどほとんど僕が死なせたようなものだから、それだけは忘れないうちに書き残すことを許してほしい。だからこれを読むひとは、この文章をその種の文章だとは絶対に見なさないと僕に誓ってくれないか。その種の文章を記名で公表することを僕は僕に禁じている。だれに強いられたわけではないが、僕はそれをまだ認められないからだ。(p.2)

  

 まず出発点は「彼」の死だ。「ほとんど僕が死なせたようなもの」だから、彼は自殺だろう(自殺である)。気になるのは、この時点で既にたくさんの微細な注釈があるにもかかわらず、「その種の文章」が何なのかは分からないことだ。「その種の文章」は、たぶん本来は記名で公表すべきもので、自然に読むならこの文章はそう見なすのが当たり前のジャンルであり、さらに「僕」は記名での公表は出来ずにいる(公表しなくても書いてはいた)。その種の文章とは何か、そこが肝心の注釈してほしい箇所なのだが、そこは名指せない。しかしその種の文章の、少なくとも空気を纏ったものを書かずにはいられないようである。

 ひとつは、告白、ではないかと思う(あるいははp.22に風景描写、とはあるのだが、訂正しない)。
 清水博子を引くまでもなく、告白にはなにか嫌味な意識が伴うように見える(そしてそれは大概考えすぎで、世間のほうが余程読み書きに嫌味な自意識を持っているが、それは意識に苦しむ人に言ってもしょうがない)。どこか演技しているようで白々しいと、ほかならぬ自分にそう聞こえてくる。だから私批評=告白の書き手は、いつもまず自分に対して嫌味っぽい。なんだ、その馬鹿げた告白は。いい気になって。そういう苦いドラマがあるから、私批評=告白には切迫したリアリティがある。書くことに後ろ向きの迷いがありながら、しかし語る言葉によって否応なく前へ引きずられていく、そういう苦戦がある。
 「だからこれを読むひとは、この文章をその種の文章だとは絶対に見なさないと僕に誓ってくれないか」。
 そんなのは読む側の知ったことではなくて、「その種の文章」と見なすに決まっているんだろう。そんなのを書く側が理解していないはずがない。それでも口にしなければならない。それを苦さと取るか、甘さと取るかは難しい。裏返せば、どうやらこれは、(題名に書いてある通り)私的な文章なのだろう。そこは、まず間違いない。しかし、別に『いぬのせなか座』が製本するまでもなく、作者は「だからこれを読むひとは、この文章をその種の文章だとは絶対に見なさないと僕に誓ってくれないか」と書きつけたのではないか(この部分に限らず、私の妄想が外れていたときは、出来ればそのままにして何も言わないでほしい)。
 
 気にし過ぎであるとは、あまりに冷たい言葉だ。
 気にし過ぎだよと、通りがかる人が声をかけたくなる人の内面、私的な心の部分には、他人の眼の影、あるいは過去の視線の記憶が、嫌というほど入り込んでいる。読み手としての私はこの「僕」と「彼」に何があったかはわからない(個人としての私は一応一部を知ってはいるが)。
 「僕」と「彼」の間に、何があったのか。ともかく「彼」は自殺したわけだが、二人はボードゲームを始める(私の知る「彼」の部屋にはボードゲームカタンがあった)。

 一度も彼に勝てなかった。負けるたびに「逃げ場がないね」と苦笑された。そのとき僕は彼が死ぬと分かった。(……)しばらく前から死にそうだった。だから忠告したが、聞き入れられなかった。それきり介入をやめた。止める気になれなかった。訃報が届いたその夜は、何も知らずにいたひとたちが驚き、悲しんだ。隠していたのだから無理もない。彼が会った最後の人は僕だと人伝てに聞いた。
 だから僕はいまもずっと怒っている。そうだと信じたい。(p.5-6)

 

 この部分には「嘘」と「事実で異なる」部分が入り混じっている、と注釈される。小説的誇張であって、実際に苦笑で人の死を感知出来る事態は、私はさして自然だとは思わない(そういうこともあるかもしれないが、私は鈍いので絶対にわからないだろう)。それきり介入をやめるしかない。何故なら「僕は彼にとって他人だから」。それが公的な答えだ。でも「介入をやめた」には「なぜ?」が差し挟まる。それは死、故に浮かんでくる問だ。裏返せば、自殺という終わりは、後から無数の問と注釈を挿入してくる。
 何か出来たとは思わない。実際に出来なかったのだから、そんな問いは無意味である。それが良識、公的な答えだ。僕は、だれに怒っているのか? もっとも安易な答えは僕自身である。でも「いまもずっと」というような、小説的な、強烈な感情のプラトーは現実にはなかなかない。だから「いまもずっと」には、「嘘だ」と二回、注釈される(そんな風に実際にそのとき怒っていたならこんな文章は書けない)。不意に上り詰めてくる波のように、予想の出来ない周期で、「なぜ?」が浮き上がってくる。それが傷だろう。

 この話はこれでおしまい。
 明日からはどうでもいいことを書かせてください。(p.55)

  

 もちろん書けるわけがないが(あるいはここから書かれた部分を「どうでもいい」とすべて流してもいいのかもしれないが)そんなことはどうでもいい。大事なのは「この文書に時間の流れはあるのだろうか」という注釈だ。明日からはどうでもいいことを書かせてくださいと、何度となく願った。「なぜ?」に答えはない(そのとき秋山駿は問い自体を歩くのが大事だと禅問答のようなことを言って私を困らせた。『私小説という人生』は、ひょっとすると秋山の代表作なのかもしれないが、困った本である)。「なぜ?」はどうでもいいことを書かせてくれない。急性の病は速やかに苦しみが終わり、慢性の病は気にするような苦しみでもないのだから病なんてなんてことない、とエピクロスの言にあったと思う(南木佳士が読んでいたから私も読んだ)。
 「なぜ?」は慢性であり急性である。ある日突然姿を現し、そしてしばらく待てば消えはするが、いつそそれが訪れるかは分からない。基礎の苦しみと、発作の苦しみの複合物である。
 そんなことは誰にでも分かりきっている。

 私はこの話をずっと読みたいのだが、それは無理な注文だろう。このあと小説は世界の誰かがなにかを書いて、だれかひとりの「僕」に辿り着く確率の希少さと、しかしその確率の隙間を這いくぐって、ほとんど偶然か奇跡のように世界のどこかで爆発した書き物たちを描く――ハリーポッター、フィフィティ・シェイズ、あるいはハウサ語の小説(ハウサ語がどこの言葉かは知らない)。日本語における「不死であるべき」マスターピースの出現周期と、人が生涯に何冊分の情報量を消費出来るかの試算と(200万冊ぐらいかも、とのこと)、そうした計算における恣意の偏差について触れる。

 

 日本語の自然言語処理にはすでに十分な技術蓄積がある。足りないのはよく整った言語資源と、それを正しく扱えるひとだ。社会がそのコストを支払ってもよいと思えば話は進む。
 言葉の古びを乗り越えて、分かりやすい「ものさし」を作り出し、何かしら「目盛り」を数える過不足ない「考え方」を思いつく者があらわれ、時代ごとの語彙の「揺らぎ」を調整し尽くせられば、あとは費用と期間と効用の問題に収束させられる。遺伝子の読み書きより安上がりだろう。速やかに改善されてほしい。幾人もの頭脳が、その短い半生を、せいぜい数千冊の書籍を翻訳し、解読し、註釈をつけ、その解釈で言い争い、証拠探しに世界中の書庫を巡り歩くことに費やさなくて済む。代わりに「ものさし」が起用される。正しい「ものさし」は愚かだが誤らない。彼女は真面目に仕事をこなしてくれる。(p.14)

 私は「自然言語処理」に通じていないのでここは何を書いているのかよくわからない。しかし、「註釈」にはともかく「こうすること」と註釈がついていて、裏返せばどうやら「ものさし」がないから、「こうする」他ないらしい。機械的に狂わずテキストを評価できる示準、のようなものが想定されているように見える。それは「比喩じゃな」い水準で実現出来る、ようである。
「なぜこの文章は優れているか」を答えてくれるものではないか。
 その彼女が、「なぜ自分はあのとき彼に介入しなかった」を答えてくれるものに似ているかは、私にはわからない。
 小説は過去、2014年の自分の言葉を注釈する。

 

 「理論的には、ある文章の優れ具合は規定できる。すべての文章の優れ具合を定められなくとも、すべての文章の優れ具合を定める手続きを作り上げられる。あらゆる文章が含む、他の文章とくらべて特徴的なところをすべて数え上げたうえで記録、いつでも取り出せるものさしのようにしておいて、個々の文章にそのすべてのものさしをあてがって、どのものさしではどう測れるかを書きとめればそれでよい。裏返せば、優れた文章とは「これ」だと名指すことはできないと、この帰結からわかる。
 (……)僕の怯えに過ぎないが、ともあれ僕たちはいよいよ、ひとつの物語について物語るとき、一人のひととしてその物語へ向き合う姿勢を捨てなければ、ひとつの物語をさえ満足に物語れなくなる気がしてならないのだ」
 いまだに吐き気がする。僕は僕を殺そうとしていたのだ。僕が生み出すすべての記載とあらゆる読解は嘘をついた。それを嫌った僕は、それを直視できない僕をこの世から消し去りたかった。代わりに彼が死んだ。(p.16-17) 

 実は私には2014年の「僕」が何故この怯えを抱いたのかわからない。「一人のひととしてその物語へ向き合う姿勢」の他の姿勢が思い付かないからだ。そしてまた、その怯えの理由は、たぶんここに書かれている言葉からは読んで汲み上げることは出来ない。だから、ここからは小説には書かれていない部分の読み、つまりは妄想になる(この感想全部がほぼそれに近いが)。小説の固有性というか、その小説独自のパターンが読み取れず、すべての小説が均質に似たり寄ったりに見えるとき、私はそれは疲弊だと思っている。たとえばある批評が全てポエムのようにしか見えてこなかったり、ある小説をはいはいどうせフェミニズム、労働、私小説、政権批判だね、としか読めなかったりするとき、人は疲れている。大事なのは似通っているように見える二組の、微細であるがしかし際立つ特異性である。言い換えれば特異性を際立たせる、微細な可能性を発見し拓く読みにこそ価値がある(私はこれを山城むつみから読んだ)。
 本当は、満足に物語るなんて口にすべきではない。出来るわけがないからだ。しかしそうした疲弊に大して、しばらく距離を取れ、とは言えない。これは私の経験であって、2015-16年で小説に苛まれたとき、私にはすべての批評と小説が同じものを書いたようにしか見えなかった。書店に入るのが苦痛だった。そんな過去の私に、「小説に疲れているみたいだからちょっと距離を取ったほうがいい」と口にして、受け入れたとはとても思えない。しかし全部似たり寄ったりのものを書いているという妄執が、仮に理論によって裏付けられたように体感してしまったのだとしたら、精神の疲弊は長期化するのではないか、と思う。ちなみに私の場合、それは適当に読みかじった精神分析の本だった。中井久夫を読んだり認知療法の本を読み漁ったりして、自己治癒を試みたが、馬鹿じゃないかと思う。しかし当時は真剣だったのだ。馬鹿である。
 この妄想が、この小説の「吐き気」と近い距離にあるかは、わからない。

 「みんなそのグループのもとで今後十年ほどは活動するのだと考えいぬのせなか座の理論的中心に据えた大江健三郎論も最初はその雑誌から依頼されていたがそのグループがあるとき突然なくなったというのがこれもまた私がいぬのせなか座をはじめざるをえないきっかけのひとつだった大学の先輩」を僕はいつまでも許せないと思う。(p.37)

 

 これには注釈が必要で、「大学の先輩」とは小説のなかの僕のことであり、私も「その雑誌」にちょっとした思い出の文章を載せてもらう予定だったのだが、これが「あるとき突然なくなった」のも見た。その当時私が小説で難儀していたのもあり、「君は呪われてるね」と、自殺した彼が、文学フリマの会場で苦笑していたのが忘れられない。呪われているのは先輩のほうだろ、と正直今なら思う。
 会場で見た僕は疲れていた。長い謝罪の手紙も来た。学生だった私は睡眠は取れていますかと返事した。馬鹿である。企画の進行に遅れがあり、どうも僕が相当の穴埋めをしたようだと私は後に聞き知って、それは、先輩が悪いわけないじゃないか、と思った。今でも思っている。でも、その企画に小説の評を送った当の私が、締切に間に合ったかどうか記憶がない。gmailの記録を探ればきっとわかる。薄っぺらい、定型的な謝罪を山盛りにした粗末な手紙が出てきたら、ちょっと落ち着いていられない。それは先輩が責任に感じるようなことじゃないですよね、とイタリア料理店で私が言うと、彼は困り気味に笑った。自分を責めなければ誰かを責めるしかない(私が小説を放り投げた原因のひとつを、内心、自殺した彼に押し付けたように)ような場合に、じゃあ自分でいいです、と手を挙げる人がいる。仕方なかったでは済まない場合である。
 そんな選択以前に、犯人は自分です、と言い出す人がいる。たしかに、編集長とは責任のある立場で、責任とはどうしようもなくなった場合に重みが生じてくる。『私的なものへの配慮 No.3』を受け取った丸善の袋には、「その雑誌」が一緒に入っていた。遅くなって申し訳ありませんが、と僕は丁寧に言った。
 でも本当は私は「その雑誌」を受け取っていた。「これ、どうせ捨てちゃうんだから、持っていきなよ」と彼がこっそり手渡してくれたのだった。白い袋に横積みになって入っていた。卒業アルバムの、処分に困る、あの面倒な重さを連想した。だいたい鞄にうまく入らない。友人S(解決していない問題は小説にはあまりならない、と先に言った友人)に「見た目は普通そうだった」とLINEした。会場でインドカレーと卵の揚げ物を食べたあと、私が酷い手紙を送りつけることになる人(あまりに最悪過ぎてこのことは未だに何度も思い出す。私が人の作品をまず批判しないのはこの経験からもある)とタリーズでお茶をした。
 「その雑誌」が廃刊されていなかったら「彼」は自殺しなかったか。
 そんな問は作中にはない。

 このあと小説は、僕が日本語を捨てたい、と序盤で夢見た理由を明かしたり("この国の法律で「私」とは、個人が社会として守るべき「自由」ではない。「活用」すべき有用性を持つ「利益」"の源泉である。語られない日本の「私」は、明白な実用主義に根ざした取り扱いを受ける" だと思うのだが違うかもしれない、個人情報云々は私にはあまり興味が持てない。本当はこういう中規模以上のテーマと、「彼」の自殺というマイナーな問題が結び付く場所を探り当てたかったのだが、私には出来なかったし、仮に自分が書くとしたら、やっぱりそういう手法は採用しない気もする)彼の言葉を引用したりする。たとえば、「その雑誌」に寄せた書評。たとえば、彼のツイート。 

「あたまがぼうっとする」と彼は書いた。
 僕はそれを読んだ。(p.60)

 

 これは彼が最後に呟いた言葉だ。
 田無を過ぎたあたりの電車でこの部分に差し掛かったとき、私は本を閉じ、丸善の袋ごと部屋の入り口からいちばん遠いベットの柱に括り付け、日曜日に清水博子の『処方箋』を読み、月曜、伊東屋で買った緑の鞄に、このサイズを取る本を無理に押し込んで自転車に乗った。
 そんなのはどうでもいい。小説に戻ろう。ちょっと歪んだ引用をする。

 掘り出し方さえ分かれば、さまざまな土地へ降りて、設計図と現場のずれを確かめられる。どの層がいつまで、どれほど分厚かったのかも。記念になりそうなものも出土するだろう。化石のような流星群、生き延びた細菌、洗われた背骨、散らばる鉱石。その何をどこまで不死と思うかはみんなの気分が決めることだ。記憶された記録の操作が平面を切りとるのだから、気分とは額縁の大きさで、その大きさの操作は私的なものへの配慮と変わらない。
 だとすれば、文字で作られたものの歴史のなかで、彼女が探すべき土地はどこにあるか。
 いつか旅してほしいのは、図像の複製と投影の技術が映像産業の急速な勃興を促した一方で、学校教育の全国的な普及に伴うメディア消費文化の広がりが、印刷技術の化学低下に後押しされて新しい表現運動を準備し、離陸させ、墜落させた(Ⅰ:1920年代)の(Ⅱ:日本)だ。
 読み手・書き手の人口とリテラシーが安定して増加するなかで、(Ⅲ:時空を丸ごと描写し記録しようと試みる、採算と効率を度外視した長期の実験が、先進各国で相次ぐ終わりを迎えていた)。その最中にいた読み手と書き手が世界に感じた「気分」と「手ざわり」はきっと、(Ⅳ:インターネットの民主化-商用化、ソーシャルメディアの日用化、モバイル端末の小型化と処理高速化、クラウドサービスの高機能化、センサー端末の価格低下、データ分析や機械学習の民間普及、セキュリティ監視や暗号化、匿名化の技術革新)を僕たちが経験したあとの「いやな感じ」に似たところがある。
 事実なら有益な空想だ。どの時代を生きた読み手も書き手も、「じゃないけど、似たもの」を、その時代に根ざした言葉でものにすれば、何か新しくて、大切で、得がたいものを手にできると、どこかで信じていた「みたいに」思えるから。これは愚かな僕の末恋だ。(p.65-66) 

 ⅠからⅣはそれぞれ註釈の部分を当てはめた。Ⅰは■■■■、Ⅱは■■と表記され、Ⅲは中国語、Ⅳは英語。「図像の複製と投影の技術が映像産業の急速な勃興を促した一方で、学校教育の全国的な普及に伴うメディア消費文化の広がりが、印刷技術の化学低下に後押しされて新しい表現運動を準備し、離陸させ、墜落」させた現象は、1920年代の日本以外でも、中国やアメリカ以外でも、「ナイジェリア連邦共和国」(p.8)でも繰り返されてきたことだろう。その「準備」と「離陸」はいつだって眩しい。

 それに似た熱は、時間が違っていても、「その雑誌」にはあっただろうと思っている。同じ種類の温度か、近い距離の温度かは、根拠をもっては断言出来ない。苦笑されるかも。
 ともかくそれを未だに現在として生きている国もあって、たとえば新潮クレスト・ブックスとか白水社の書物に、熱っぽい言葉が乗ってやってくることもあるだろう。私はここの「未恋」には賛同出来なくて、たぶんそれは私的な興味でしかものを読み書きしていないからなんだろう(じゃなかったら清水博子の感想なんか馬鹿みたいに書かないし)。私のそれは狭い庭を家庭菜園と呼ぶような書き物であり、作中の言葉を借りるならたぶん「私語」(p.62)に相当するだろうから、信じていた、みたいに、の苦味は、自分の舌では感じられない。別に小説のすべての描写を自分の身体で味わう必要はない。
 ただそのような苦さがあることは、理解出来る、つもりでいる。
 それは傲慢だ。「睡眠は取れていますか」と書き送ったころからさして変わりはしない。取れてるわけないだろ。私はそのあと僕に会うたびに何回かその質問を繰り返した。たぶん、三回はしただろう。

 青年期を迎えた市場は、実験と高級と量産と共創と反抗がごちゃごちゃに混ざり合う。だれにも全貌の知れない地域文化を絶えまなく噴き出し、つなぎ止め、溜め込んで行く。その光景はおよそ百年前に、蔦谷重三郎が自身の箱庭に作り上げた空間の猥雑さを思い出させる。大友家持が歴代編者の労作をひとつにまとめ上げたとき、定家がその再訪を悲しく恋い焦がれたとき、西鶴が性愛の定型に溺れたとき、凍りついた文字列の流域が決まって描き出す、いつの時代にもありふれた、代わり映えしない、静かで退屈な多次元の空間。ちがいは登場人物だけ。次の主役はあなただと思う。きっと彼女がその助けになってくれる。僕が望んだことだ。彼はもう生き返らない。みんなはどう思う?(p.68)

 私は小説を読むとき、第一には文学史の素養がなく(これは時間の感覚がないということであり、だから清水博子を読んだり、何故か今度は小沼丹や金鶴泳や山川正夫を読もうと考えたりと、しっちゃかめっちゃかな読書からいつまでも離れられない)第二には読書の興味が変なところに限られているせいで、「ちがいは登場人物だけ」という感触に至ることは出来ない。でも、たぶん「主役」の「あなた」が書いたとき、そこにはやはり、どこまでいっても、私的な偏差が差し挟まれるはずなんだとつい考えてしまう(僕の考えはよく知らない)。それはちょっと信じられないぐらい古臭い「個性」の妄想なのだが、でなければ、この小説を貫き通す謝意が、こんな風に長く生々しく響き続けることはないだろうと思う。誰への謝意かは、わからない。
 もっとも、『私的なものの配慮 No.3』が最初から小説でないことは、明らかなのだけれど。【了】

時間への治癒 清水博子『処方箋』について

 

処方箋 (集英社文庫)

処方箋 (集英社文庫)

 

  患者であったかは知らない。インターネットにはそれらしきことは書いてあるが、どうも作者自身がそれを明らかにしたわけではなさそうだし、清水博子のヒロインたちからすれば、そんな告白は即座に書き物に箔を付けようとする卑俗な意識を連想させるだろう。病気の告白自体が私小説的で、裏返せば病は物語には親和性がある。偶然必然を問わず、症状は何らかの因子の積み重ねの末に、けれど突如として発現する(物語がしばしば突然の訪問者を要としながら、一方で注意深くその予感、あるいは伏線を敷くのと似ている)。たとえばそれが死病なら礼儀正しく物語は終わり、慢性疾患であれば病む日々の静かに上下する波を書き、一過的であれば何でもない日常に帰って、病のころの風景を思い出す。だから病気の小説は書きやすい。どのような形であれ終わりが見えるか、あるいは終わりがない日常を小説の土台として保障してくれるからだ。
 だから、病について書かれた清水博子の『処方箋』という小説は、それだけで私には驚きだった。『街の座標』『ドゥードゥル』に通底するのは世俗=物語の拒否だ。一方で『処方箋』が書くのは実にありふれた物語である。ある男が友人の「おねえさん」の精神科通いに頼まれて付き添う、それが終われば今度は男の恋人が鬱病になり、その友人のように看護に苦労させられる。けれども一方で病は徐々に鎮まっていって、最後には明らかな治癒で終わる。ここまで清水博子の作品について書くうえで、私は小説の終わりについては触れてこなかった。それはいずれもまともな終わりを結んでいないからだ。しかし『処方箋』は違う。そこには治癒が用意されている。清水博子の小説が突如として立った、ひとつの転換点である。
 あるいは『処方箋』は、清水博子自体の治癒過程を描いたものとして読めると思う。小説の序盤、「おねえさん」に付き添う段階においては、小説の言葉は落ち着いていない(それでも従来の清水博子からすればだいぶ地に足が着いたほうだが)。時間が乱れ、主人公の立ち位置は曖昧で、片山と沖村はごっちゃになる。それでも、『空言』のように単なる言葉の空転はない(この題名は空笑という症状を連想させる)。彼女の鬱病と看護を描く中盤以降になると、小説は急に言葉を丸くし、病院の周辺を歩いて風景を眺めるぐらいの余裕を手にしつつ、最後はわずかに「おねえさん」との日々の言葉へと揺り返す。病を題材にしている以上、物語らしい物語の軌跡を辿るのは当たり前に近いけれども、この言葉の不安定から安定へ、という流れ自体が、『処方箋』の文体上の物語として読めるだろう。
 『処方箋』において、実は処方箋の存在は前半に少し出たあとは、ほとんど物語上の要素として登場してこない。唯一こだわるのはここぐらいである。

 往路で行き暮れそうになるといっても逃げ口上にしかならないのでそれ以上駄弁を弄さず、寸胴鍋で煮える鶏のスープの湯気を浴びながらひたすら皿のものを食べた。彼女が<処方せん>とひらがなで印刷されているところを指し、処方しよう、か、処方しない、という意味と読みちがえる患者がいるのではないか、とまくしたてるせいで、いつもなら舌鼓をうつはずの料理も金属の味がする。烏賊とセロリの炒めものをつまんだだけで食慾が萎え、最後に注目する予定だった肉味噌をのせた麺までたどりつけなかった。彼女は不自然に話題を変えるより疑念を露骨にあらわすほうがいっそいさぎよいと判断してか、<患者名>の欄の女はだれで、<保険医療機関の所在地及び名称>の欄の病院はどういうところで、<保険医氏名>の欄の医者とはどういう関係なの、と詮索してきた。(p.10)

 この場面には清水博子の特質がよく出ている。第一は「疑念」である。清水博子の登場人物たちはしばしば疑念に囚われる。『街の座標』の女子大生は、二人の男と小説家Iの関係を勝手に妄想して疑念に駆られるし、『ドゥードゥル』の二篇はいずれも謎めいた登場人物たちへの疑惑に苛まれ続ける。『処方箋』の彼女が主人公の男を詰問するこの場面は、清水博子における「疑念」に際限がないことを表している。
 根拠の乏しい疑念は空言に等しいが、その人のなかでは切迫するリアリティを有している。
 「処方せん」には「処方しよう」「処方しない」という意味の揺れがある、というのは単なる言葉遊びである以上に、文脈の規定を超えた意味の拡張がある。ひとつの言葉の意味が頭の中で際限なく広がるように、ひとつの事実から読み取れる可能性が際限なく拡張するとき、妄想は悪化する。
 患者からすれば、処方箋は診断書よりはるかに日常的であり、より細やかに病状の推移を反映するものだろう。今の薬では症状が抑えきれないようですから、次の外来まで薬を増やしましょう。ずいぶん調子が良いみたいですから、薬を減らしてみましょう。そんな説明と共に、列記される薬が増減する。
 自覚症状を、仮に体感における病とするなら、『処方箋』は言葉における病である。実際に、処方箋を読むことは、その人の病自体を読むことに等しいのは、作中に書かれている通りである。患者さんが自分の既往を認識し切れていなくて、お薬手帳から病気を整理する場面はままある。言葉における病と書いたとき、『ドゥードゥル』が言葉に患う人々をこそ描いていたのをつい思い出してしまう(もっとも『処方箋』ではそうした自家中毒と煩悶はなりを潜めている)。第一に妄想的な意味の拡張、第二に病について書かれた言葉、そんなダブルミーニングにおいて、『処方箋』という題名は実に小説の本質をよく捉えている。

 小説の物語を安定して書くうえで大切なもののひとつは、時間意識だろう。
 時間が回想や予知(後者は妄想とも言えるだろう)でまっすぐ流れていかない場合、物語は安定してこない。だからたぶん、物語にてこずる人は、物語の時間をいきなり来週に飛ばしたりすれば、それなりに話が進む(私の経験に過ぎないが)。たとえば季節、学年、年齢の意識はしばしば小説の大枠を安定化させるし、場面描写においては時計やカレンダーが活きてくる(小説の場面はだいたい登場人物同士のやり取りと、時間を刻む背景の動きから成立している)。老いを意識した小説が存外小説として安定化しやすかったり、あるいは他ならぬ清水博子が『カギ』でそうしたように、日記も物語の構築には役立つ(日付の記載があるからだ)。病は時間を意識させる。こんなに通っているのに良くならないなんて、いつまで入院すればいいんだろう、案外退院まであっけなかった、等々。もしくは『家庭医学事典』の鬱病の項を開き、治癒までの「平均六か月」という時間が過ぎてなお、癒えぬ病に感じる憂鬱、である(p.102)。
 清水博子が、特に『ドゥードゥル』においてほとんど物語らしい物語を立ち上げられなかったのは、通俗への嫌悪もあるだろうが、技術的には時間の不安定もあるように思う(それはおねえさんに付添う「からくり」を説明する場面において顕著である)。『処方箋』に目立つのは、この時間の意識である。冒頭からすぐ「附添いをはじめて一か月が経ち」(p.7)あるいは「春先の一回め」(p.28)から「四回め」(p.32)が描かれる。ごく何気ない部分であるが、この「郊外寄りの医院」の描写にも目がいく。

 把手を引くと患者の靴があり、その数から待ち時間を推し測る。スリッパも待合室のソファも会計台の室内のすべてのものが鉛色で統一されていて、窓がないため時間の感覚が曖昧になる。(p.40)

 裏返せば「郊外寄りの医院」に入るまでは、時間の感覚は正確に保たれている(何を今更そんなばかなことを、という話だが、本当にそれまでの清水博子の小説には「曖昧」な時間感覚しかないのである)。片山への電子通信での報告や、あるいはそもそも、週末ごとの附添いといった繰り返される習慣も、小説を安定化させる。余談ながら(本来感想とはこういう部分を取り上げるべきだとは思うが)2001年に『すばる』へ掲載された小説であるにもかかわらず、清水の「電子通信」への嗅覚は鋭い。たとえばこんな描写は今読んでも白眉だろう。私の先輩は、「清水博子は電子通信の怖さに気付いてやめられたが、僕らはそれからずっとやめられなかったんだね」と溜息混じりに笑っていた。

 画面に表示される文字列の意味するところはさしさわりなくても、面とむかって言葉を交わしたり電話で話したりするのに比べ、知覚のどことはわからないがある場所に訴えてくる力は強く、たがいの脳のなかを針で探りあうようで、えぐりえぐられる感覚は言葉を重ねるにつれて増し、それは端的にいって快感だった。なにかの片手間にといういいわけでもなければ没頭しそうでおそろしかった。(p.35)

 もっとも次のような発想は、端的に凡庸である。病について言葉で書く人間であれば、誰もが思いつく考えだ。

 先々週電車のなかで過換気症候群になったと白状すると、彼女は、<過呼吸>とか<境界例>とか<アダルト・チルドレン>とか<拒食症>とか<手首自傷症候群>いわゆる<リストカット>、そういうあたらしい言葉が造られるからそれらしい症状をあらわすひとが増える、言葉につられて症状を発する、生きているのを確認するには言葉に置換する過程が必要で、その行為にもっともらしい名前がつけられているから安心してむごい状態に身を置ける、病は気から、という意味ではない、症状が先ではなくて言葉が先にある、名づけられなければ症状はあらわれないかもしれない、と論じた。沖村は(……)実際にそういった病態で苦しんでいる人がいる事実が彼女の自説ですべて結論づけられるわけではないとくつがえしたくなり、(……)(p.39)

 「こころ」の症状が「脳内の物質の塩梅がわるい」(p.123)と書き換えられる風景も、同様にありふれている。
 大事なのはむしろ沖村が「くつがえしたく」なることだ。もっとも清水博子の登場人物たちは大体他人の勢いに押し負かされるので、ここでも案の定沖村は実際には「くつがえし」はしないのだが、言葉への距離が近過ぎる「彼女」ではなく、ごくごく穏健な沖村のほうが主役ということ自体、『ドゥードゥル』以前からの治癒である気もするし、病の当事者でなく観察者を選ぶ距離感についても、同じことが言える。
 後半部分の私小説めいた病の記録は、まさに「症状が先ではなくて言葉が先にある、名づけられなければ症状はあらわれないかもしれない」という凡庸な発想への「くつがえし」としてある。もっとも清水特有の戯画性は混入しているが、実際にはそれは、「苦患を通過して笑いとばせるようになりたいと願っている」(p.67)作者なりのユーモアだろうと思う。ただし清水のユーモアは別に面白くはない。「苦患」を戯画にして「笑いとば」そうとする、それ自体の不穏さこそが重要だろう(『ドゥードゥル』で書き手としての苦しみをそうしようと試みたように)。もっとも、走り出しこそ戯画的な誇張はあるにしても(書くうえでの緊張はやはりあったに違いない)後半は次第に素朴な描写へ移り変わっていく。
 あるいはそこには、病の固有性はどうすれば書けるか、という素朴な問があるように思う。『街の座標』において、下北沢の下北沢らしさはどう書けるか、という問に直面したのと同じ流れだろう。『街の座標』でもっとも輝かしかったのが下北沢の描写であったように、本作もまた、先に引いたようなクリニックや、あるいは病院周辺の資料館、荒川の河川敷の描写が素晴らしい。

 小説の結末において、病は回復に向かう。そのとき彼女は理由の説明もなく沖村との同居を解消し(これは単に元通りというだけだ)いつのまにか、おねえさんに附添い彼女と食事をする日常に戻っている。二人の女性の病に触れた沖村は、自分のどうしようもない「健康」さ(p.126)に思い至る。小説を結ぶ橋の場面は、実は清水博子がキュートでビターな恋愛小説の書き手たり得た証明である。読んでほしい。
 しかし恋愛小説は、きっと『処方箋』以前の清水であれば、凡庸なジャンル小説として遠ざけたに違いない。もっとも彼女は「おおきな橋を渡りきらず来た方向へもど」っていって、最後には沖村という日常を生きる人の、「健康」を突き刺すような言葉で小説を終える。とはいえ、小説全般が、ともすれば幸福な退屈に似た、健康な穏健さに満ちているのは事実である。
 病んだ人は病の前後より、その治癒過程においてこそ傑作を書く。清水博子の『処方箋』は、時間=物語を拒み、際限なく広がり続ける言葉に鬱屈していた「彼女」の、治癒過程のドラマとして読めるだろう。【了】

少女小説の敵意 清水博子『ドゥードゥル』について

 

ドゥードゥル

ドゥードゥル

 

  題名はいたずら書きの意だが、字を一個の絵と見なせば、それは戯画とも読めるかもしれない。収録された二篇に共通するのは、『街の座標』にも漂う通俗への敵意である。「女子供の好む俗事を毛嫌いするのが知性の常道だと信じ、憎悪をあからさまにする女」(p.39)という収録作『空言』の由の描写が、そのまま本書に当てはまる。それは読み書きに潜む凡庸な自己愛への怒り、あるいは凡庸な男女生活への嫌悪にも繋がる。『空言』は夫婦の、『ドゥードゥル』は結婚の戯画でもある。
 そして何より、小説がしばしば嫌でも辿らなければならない、物語という通俗に対する拒絶がある。そう考えると、清水博子におけるあまりにも迂遠な描写とは、「執拗に重ねられる細部が、労働ではなく遊戯を連想させ」る(『街の座標』)よりは、むしろ労働の回避そのものに見えてくる。卑俗としての物語を出来る限り遅延させるための、いじましい努力として、清水博子の描写はある。
 凡庸な読み書きへの嫌悪には、一方で書くことへのまっさらな誇り、信仰心に近い敬意が潜んでいる。したがって、清水博子の描写は迂遠な時間稼ぎであると同時に、書くことへの信仰告白でもある。もっとも細部を書く楽しみに耽溺している描写が後者ならば、単に言葉を長々しく言い換えているだけの不要な描写も含まれていて、そこに『ドゥードゥル』という本の短所はある。しかし、この清水博子の世俗への敵意、そして書くことへの純粋な憧れは、おそらく生前の本人が考えていたよりずっと、少女小説的なひたむきさに溢れている。その意味で、『ドゥードゥル』は敵意と攻撃性に満ちた、少女小説のネガである。
 
 併録作『空言』はアパート住みの主婦が、夫の長期出張に際して受ける嫌がらせについての中編である。出張から一時帰宅した夫の下着をベランダに干していると、自分の下着を残して全て盗まれてしまう。そのことをアパートの管理人である由に打ち明けるが、彼女が笑ってとりなそうとしない場面から小説は始まる。
 どうやら風俗に勤めているらしい隣の女子学生が、下着泥棒の候補のひとりである。別のやり取りのうち、由の皮肉に苛立った縫子は、「由のふくみ笑いが癪に障り、すると由の息がどことなく腥く感じられてきて、縫子の語彙ではそれを精液の臭いとしかいいあらわしようが」(p.16)ない。『街の座標』に通底する言葉=表現の悪意のような不潔さは、「夜会の女の巻髪みたいなパン」(p.37)や、爪切のなかに溜まる「三か月分の爪」(p.21)のように、『空言』においても発揮される。
 もうひとつ、『街の座標』で発せられた、ある場所のリアルはどうすればより本物らしく書けるのか、という問は、『空言』においてはもののものらしさ、という形式で再度問われる。たとえば、夫からその日の献立についてローマ字入力のメールで送れ、と命じられた縫子の苦労である。もとはかな打ちだったのが、海外との通信で文字化けしてはいけないから、という面倒な命令がついてくる。

 妻の筆力では<miburi>は書けぬとあきらめたか、せめてその日に食べたものを書いて送るよう指示してきた。夫に従おうとすればなにを口にしても厭な舌触りがあり、tofuの u のへこみにやわらかく舌先をさしこみ、kanzume の角々をかみ砕いていたのでは、便りに書くための餌を咀嚼しているようでやりきれず、活字に日常を侵蝕されるといったごたいそうな状況は身にあまり、まっとうな食生活をとりもどすべく、けなげに料理本を繰るようになったのだが、現実の献立のとりとめのなさみすぼらしさにくらべ、料理本の目次のほうが断然書きごたえがあり、しかし時間軸を意識せずに丸写ししたのでは、いきおい幹線道路のレストランのポリエチレン加工メニュウのごとき平面的で散漫な献立になってしまうので、さらなる手段として、夫の本棚の小説から食事の描写を探しては献立を剽窃するようになり、(……)すでにだれかが書いた言葉をただ夫のためだけに慣れないローマ字綴りで入力しなおす無償奉仕が馬鹿馬鹿しくなってきて、(……)(p.29)

 これは、人が小説を書くときに突き当たる障壁である。この壁は、さらに「夫」のように面倒な存在へ見せるという条件によって、更に厄介さを増す。どうせ書くなら、自分にしか書けないものを書きたい。清水博子はそんな欲望を嘲弄するだろうが、しかし清水の笑いはしばしば自嘲である。自分の自分らしさを証し立てるのは、生きてきた歴史(自分史という言葉を清水はさもしいと非難するだろう)であり、生活であり、<miburi>である。しかし普段意識しない<miburi>は、ローマ字のように遠い書き物の言葉、小説の文体に慣れていなければいきなり書けるものではないし、多少書いてきたつもりでも、かな打ちのようにごく自然に馴染んでいる肉体感覚と、書く言葉にはやはり隔たりがある。
 だから、まずは羅列的な「もの」の描写に頼るしかない。そしてまた人に読ませるのであれば、出来れば不潔は避けたい。いい格好がしたい。したがって、書き始めた人の小説の描写は、ともすれば「ひとりで迎えた誕生日のコースとして、大びらめ、雌の七面鳥、食用あざみの牛骨髄添え……」(p.29)というような、きらびやかな羅列になりかねない。実際に、清水の小説はそういう虚飾=vanityを免れない場面が多々ある。裏返してみれば、清水の不潔さは、こうしたvanityへの純真な自己嫌悪でもある。
 あるいは、小説の勉強とはしばしば「慣れないローマ字綴りで入力しなおす無償奉仕」のようなものだ。『街の座標』の私が小説に近付くためにまず行ったのは、小説の複写だった。卒論が書けないとは清水=私の照れ隠しのようなもので、小説論がしばしばその人の私小説になりかねないように、実際には小説が書けないと同義だと思うのだが、いくら読まなければ書けないとか創作はオリジナルの無限のコピーだ云々いったところで、ではいつ書けるのか、に答えてくれる人は誰もいない。私が小説だと思ったから小説なんだと、秋山駿なら「狂気」と呼んだであろう地盤に立つ他ない。
 もうひとつ『空言』において着目すべきは、インターネットに書かれた文字の、不滅とも思えるような厄介な寿命である。98年『すばる』に掲載された小説であるが、この時点で清水は「通信回線上にはレシピがうんざりするほどあって、食事日記を公開する恥知らずも少なくない」(p.29)という。cookpadの前形態というのか、縫子のような主婦たちが野放図にインターネットにばらまいていた生活記録に清水が感じたのもまた、「大びらめ、雌の七面鳥、食欲あざみの牛骨髄添え」というvanityだったろう。その虚飾と自己愛なくして、どうして公開などという恥知らずな行為が出来るのか。しかも、インターネットの文字には厳密な死、少なくとも物質的な終わりは存在しないように思えてくる。

 三か月分のやりとりが一瞬にして消えてしまった顛末を嘆かれた由は、紙の手紙ならば短冊に破く感触を味わいながら捨てたり、小春日和の庭で焼いて紙の焦げるにおいを鼻腔に感じるといった儀式めいた行為を経て、物質として消滅させることで記憶を一段落させるのが可能だけれど、電子の場合は受け取った時点で内容など忘れてしまわなければやってられない(……)(p.32)

 1998年から20年経った私たちは、実際にはネットの文字もサーバーの終了等々で容易く消えるのを目にしている。多くの書物と同じように、後年において残される文字=文章も何かしらの選別を受けるものだが、しかし「恥知らずな」「料理日記」とまでの毒舌は振るわずとも、「物質」として消滅させ難い、紙とは別の媒体で人間の言葉が野放図に繁殖しているという清水にとっての困惑は、2018年において『空言』を読む私にも、じっとり冷たく垂れ落ちてくる。誰もが何かを書くことが、さながら癌や生活習慣病のように当たり前になった時間においては、単に懐かしい抵抗感かもしれない。私には通俗を嫌悪する理由もないが、しかし思えば、確かに素朴に不思議な事態ではある。小説あるいは小説家に対して、どれだけ斜に構えていようが結局は純真な信仰を持つ者にとっては、どれほど不気味であったかは想像するに余りある。

 『ドゥードゥル』と『空言』の二編に共通するのは、いずれも小説らしい物語を形作ろうとする努力である。どうあれ小説を書き始めるうえで、物語を誘発する装置の威力は大きい。こうして『ドゥードゥル』は創作学科の同級生の結婚式が、『空言』には隣室の距離が近いアパートが選ばれる。なんとかして物語らしい訪問者を招き込み、たとえいやでも物語を始めてもらわなくては小説にならない、そんな苦心である。もっともそれは、清水の通俗の拒否に当たって速やかに瓦解していく。「生まれなければよかったとおもう子が引け目を親の所為にするように、小説が俗事の所為で引け目を感じているのであれば、その小説の生みの親は俗事であるのかもしれず、すると書き手はほんとうの親子関係からはみ出した傍系」(p.99)になってしまうのだが、引け目を感じているのは無論わたし=清水である。
 小説はまず世俗=物語から産まれる。あるいは言葉とはそもそも手垢にまみれた不潔なものであって、そこに清水博子の辞書から引き上げたような単語選択の理由もあるのだろう。本書の作品を、果たして素直に小説と呼んでいいかは難しい。書くことがない索漠、書けない不安を小説の次元に落とし込もうとしていて、読む側としてはかなりの苦労を強いられる。書くことがないという小説で、私は傑作を知らない。もっともそうした作家には、私小説か、あるいは他なる作家の取り込みか、その選択肢の余地はある。
 『ドゥードゥル』の書けない人の描写は白眉である。私小説的である、と断言していい。ヒロインのわたしは「いつまでもいまも小説を書いてるのん」と訊かれれば、「タマ二かクコトガアル」と答える(p.85)。実際のところは、「わたしがものを書く速度は、本を百冊読むあいだに百字書くか書かないか」なので、たとえそれが誇張表現でも、ただ単にアリバイのため、自分はまだ書く人だと言い聞かせるためだけの行為であるとも言える。そんなことは、何よりわたし自身が理解している。だから『ドゥードゥル』の次の場面は哀切である。書けないことが悲しいなど、世間からすれば理解不可能であり、本人ですら馬鹿げていると自嘲するだろうが、しかしそれでも悲しさは際立つのである。

 しょうせつヲかイテルノン、と訊かれたとき、右手の親指にひとさし指と中指の先端を添え、架空のペンをつまむかたちをつくり、手首を細かく震わせて空宙にじぐざぐの線を走らせ、あたかも紙に文字を書くしぐさを見せつけられなかったのだけは、助かった。これまでおなじ質問を投げかけてきたひとの大半は、同時にそのしぐさをしたものだった。いわば書くことへのわたしの矜持は、他人の凡庸なみぶりひとつで爛れさせられる脆さを代償としているのだろう。脆さを温床に延命しているといいかえてもいい。(p.85)

 通俗への軽蔑が片側にありながら、そうした通俗=物語にあっさりと「爛れさせられる」脆さがある。しかし、そのような脆さ無くしては、書くこと自体がそもそも始動出来ない。だから延命なのだ。ここに書かれているのは小説を結婚式から始めずにはいられない、不潔にまみれた言葉から常に歩き出していくしかない苦さである。その意味で『ドゥードゥル』は苦味を孕んだ少女小説であり、書く愚者の戯画である。

辞書の焼き方――高橋弘希『送り火』について

 

送り火

送り火

 

 予感がない小説である。深さの欠如ではなく、深さの拒否がある。
 要約するならば、高橋の小説においては深さ、あるいは「形而上学」(保坂和志『こことよそ』)への拒絶があり、書かれる言葉は常に今ここにある現実のもの、たとえ幻想でも心情のフォルムのようなものを描き出す。言い換えれば、高橋弘希はここにないもの、現在に潜む現在とは別の何か、を書こうとはしない。それは小説が冒険をしない、という意味ではなく、「ここ」に近視的に焦点を絞り貫くのが高橋弘希の視学である。しかし細部の描写を弄ぶような、そういう「形而上学」的な真似はない。高橋の小説においては厳密に時間という現実が流れていて、「この小説にはいわゆる時間は流れない」とか「時間の法則の外にある」とかいう「形而上学」(『こことよそ』)は拒否されているからだ。あるいはかつて清水博子が『街の座標』で書いたこんな戯れである――「執拗に重ねられる細部が、労働ではなく遊戯を連想させ」「時間の拘束のない気儘さがはてしなく広がる空間」。
 もちろん『送り火』においても予感は書かれているように見える。しかしそれは、漠然とした名付け辛い予感ではなく、不安とか恐怖心とか、明白な感情へ落とし込まれる現実のものだ。少なくとも言語化出来ない予感ではない。たとえば、水田に鴉の残骸を吊るされていて、その理由がわからずにいると、突然知らない老婆が主人公に話しかけてくる場面である。

 老婆は歩の近くまで来ると、手にした杖で鴉の屍骸を差して、
「あれだっきゃからす××ぐり××でかがしッコがわ××てな××だきゃ。」
 訛りが強く、殆ど言葉を理解できない。歩は稔と同じ半笑いを浮かべるばかりだった。すると老婆は話すことを止めた。その皺だらけの皮膚の中に収まる、妙に瑞々しい眼球で、こちらをじっと見詰めていた。歩は気味の悪さを覚え、老婆を無視して自転車を走らせた。(p.68)

 ここで歩が感じるのは明白に「気味の悪さ」である。恐怖、と言ってもいいだろう。野間文芸新人賞を受賞した『日曜日の人々』において描かれる終盤の幻想も、結局のところは死の恐怖によるものであって、死の観念ではない。小説の結末を結ぶ藁人形の炎上についても、「三人のうちの最初の一人の人間を、手始めに焼き殺しているようにしか見えない」と、稔の暴走、という現実から来る想定に過ぎない。それは「もしかしたらなにかがあるかもしれない」という「もしかしたら」「なにか」の二重に曖昧な予感ではなくて、単なる想定、「もしかしたら人が死んだかもしれない」である。
 この老婆の言葉が訛りが強くて殆ど理解出来ないのであれば、なにか早口に喋ったがまったく聞き取れなかった、ぐらいの描写で流してもいい。が、高橋はそうはしなくて、聞き取れる範囲の言葉の欠片についてはひとまず書くのである。高橋の小説においては、しばしば描写の緻密さが取り上げられるが、精緻というよりは羅列的である、と言っていいと思う。たとえば、舞台となる集落を描く場面である。

 蕪の花の向こうに、集落一帯を一望にできた。前方に標高五百ほどの黒い山が聳え、その山裾を南西に向かって河が流れる。銭湯からの帰路に、父と眺めた河だ。その河辺に、五十世帯余りが点在している。山間に溜まる朝霧の中に、瓦屋根の民家、三角屋根の銭湯、トタン屋根の燃料店、半壊した納屋、ブールシートを被せた小屋、骨組みだけのビニルハウス、用途不明の煙突、杉にボルトを打った電信柱、廃校になった学校の校舎などが、朧気に浮かぶ。霧の中から鶏鳴が響く。(p.9)

 さりげない場面だが、高橋の描法が凝縮された文章である。朝霧のなかにあっても、杉に打ち込まれたボルトまでが明瞭に見えてくる。むしろ霧は、余計な風景を掻き消し、単純な物体だけを「浮か」ばせる舞台装置として求められている。あるいは、納屋の農具を列挙する下りである。

 納屋は、前庭を挟んで、自宅の斜向かいにあった。木造二階建てで、赤トタンの屋根に、黒ずんだ杉板の壁面、同じく黒ずんだ杉の支柱――、ある土曜の午後、母に誘われてこの納屋に入った。納屋には実に様々な形の農具が、乱雑に収納されていた。鍬や鍬や臼くらいなら歩にも分かるが、日本の竿竹が連結したものや、木製の自在箒のようなものなど、名称も用途も全く不明な農具も多くあった。母は信州の田舎育ちで、また母の実家も農家だったので、殆どの農具について知っていた。歩の矢継ぎ早な質問に、それは唐竿で、そっちは八反ずり、母はいくらか得意げに答えていった。(p.52)

 小説の言葉を借りるなら、「矢継ぎ早」に、名前を列挙していく場面である。この農具たちは後半の嗜虐の場面に再登場してくるので伏線の側面もあるが、高橋の描写は、ごく素朴に、ものの列挙によって世界のリアリティを担保している。高橋の文体においては、現実を現実らしく繋ぎ止めてくれるのは常に具体的なものであり、ものとは名前である。
 『日曜日の人々』にしろ本作にしろ、高橋の小説の登場人物は、みな小説のために用意されたような人々に見えてくる。あまりに物語らし過ぎるのである。『日曜日の人々』であれば拒食症で病んだ少女、義兄の性的暴行で妊娠し自殺する従姉、流されてばかりの文学部の留年生。『送り火』であれば東京からの転校生、残虐性を発揮するクラスの大将、虐めに弱気な微笑を浮かべることしか出来ずにいながら、復讐の計画を練り上げる少年。『日曜日の人々』は最終的には前向きな青春小説であり、『送り火』もまた自身の欺瞞について思い知らされるという意味では、シンプルで苦い青春小説である。しかし、これらの成長、言い換えれば倫理的問いかけについて、こう書いてあるからこうなんだ、という以上のものは私には見つけられない。
 あるいは、高橋の試みには、こういった使い古された物語をどう切迫して生き直すか、という問がある。倫理的な問いそのものではなくて、倫理的な問いが可能になる状況そのものを真新しく書き直せるか、というところに試みの焦点がある。世界において最早あり得るかわからない「青春」の物語を、しかし出来る限り確かな世界で生き演じようとするとき、高橋の世界においては「もの」の確かさが命綱として降りてくる。具体的なディティールが地盤となる。それは『日曜日の人々』における拒食症であり、『送り火』における村や祭事の描写である。そしてこの世界においてもっとも揺るぎ難いものとは、現実の水準においては死であり、言葉の水準においては名詞である。
 高橋の小説においては、当たり前だが、書かれたことが全てなのだ。書かれていないことをほのめかす、予感の描法は拒まれる。言葉だけが小説の現実なのであり、小説の登場人物たちにとっても、言葉は現実からかけ離れたものではなく、現実そのものである。たとえば「雀色の風」という夕暮れの風に対する自分の体感と、「雀色時」という夕暮れを意味する言葉が何の障害もなく結ばれる。

 その風に"雀色の風"と名前を付けてみる。すると風にいくらか親しみを覚えた。雀色の風というのは、歩の体感にぴったりくる。その言葉が辞書に載っていてもいい気がした。勉強の合間、何気なく国語辞典を引いてみると"雀色時"という単語を見つけた。夕暮れ時のことを指すという。その言葉がいつの時代に生まれたのかは知らないが、逢ったこともない話したこともない昔の人が、夕暮れ時の色を見て、自分と同じようなことを感じ、自分と同じように言葉にしたことが不思議だった。(p.76)

 過去からの時間をその身に含む言葉が、現在の現実と一繋がりになる。感性が一致しているからではなくて、言葉と「体感」という現実が一致しているから不思議なのだ。裏返せば、体感という現実があるからこそ、それが正式な「言葉」として「辞書」に載っていてもいいと思うのである。
 高橋の羅列的な描写は、思い返せば「辞書」の農具の頁を一通り見回すようなものだ。
 この言葉と現実の一致は、すぐ後の場面で繰り返される。

 農夫は両手が泥で汚れているので、二の腕辺りで額の汗を拭うと、その辺はたまに言葉漂ってらはんで、気いつけ、と言う。歩が首を傾げていると、
「塚やら辻やら橋やらに漂ってら言葉さ、耳、傾けたらまいね。そっちら言葉は、人き作用すはんで。」
 歩には意味が分からなかったが、少し考えた後に、
「それは言葉のお化けみたいなものですか?」
 すると農夫は目を丸くした後に、かみの子は賢いねぇ、と笑った。(p.77)

 農夫がここで語っているのは「言葉」そのものだ。だから農夫は語られた外側から突然出てきた「お化け」というアイデアに「目を丸く」している。言葉が現実に漂うとは、言葉は記号であるから、普通なら「お化け」という風に具現化する歩のほうが正しい。しかし、高橋の世界ではそうではなくて、言葉がそのまま現実になっている。たとえば先に引いたような、聞き慣れない方言に困惑する場面とは、言葉がそのまま現実の異物として立ち現れてくる現象である。あるいは、稔が盗んだナイフの所有権は自分にあると歩に主張し、歩が「正当な理由」を以てそれを拒む場面(p.84)を、法、記号、象徴という三つ組から読むことも可能かもしれない(私はやりたくないけど)。
 言葉そのものが現実と同じ重みを持つ場面は、たとえば精神疾患の診断だ。『日曜日の人々』に限らず、障害に苛まれる人々にとって、診断名、つまり病気の「名」は重大な意味を持つ。「メンヘラ」と「患者」を切り分けるのは、診察を受ける行為より、むしろ診断書に書かれる病名である(診察を受けること自体は診断名が無くても可能なのだから)。言葉と現実の重みを同水準に置く高橋が、精神障害という題材に着眼するのは、自然な成り行きだろう。『送り火』においては、「これからおめらのひとりさ、マストンになって貰う」「なんだおめぇ、偉大なる江川マストン先生ば知らんのか」(p.104)という、自分の知らない人間、方言のように異物めいた「名」が、暴力の根拠になるのである。

 

 高橋の小説において、現実と言葉は同じ水準にある。それは小説だから当然そうなのだが、このことをわざわざメタフィクションで書くのではなくて、あくまでフィクションの水準で書くのが高橋の美学であり、それが小説だろうと思う。一方、飛躍ではあるけれども、高橋の小説は言葉に窒息している。気の遠い作業だろうが、「辞書」で調べた言葉を羅列して、それで世界が確からしく書けてしまうのだとしたら、それで描けてしまう現実とは何なのか。それで書き切れない現実が、果たしてないのか。
 『日曜日の人々』と『送り火』は、いずれも小説の安定していた言葉=現実が、死や、あるいは身体の損傷によって破綻する、という終局を迎える。二つの小説の結末には、「意識」を失う動作が共通する。
 言葉と現実が一致する世界と、現実が死や暴力をもって言葉を超える世界が接するとき、小説が呼び起こすのは「骨」である。『日曜日の人々』はヒロインの頭蓋骨骨折をきっかけに主人公は自殺を決意するし、『送り火』では「小指の数センチ下の皮膚がぱっくり裂けており、その傷は白い骨」(p.118)にまで達する。高橋の小説におけるこの「骨」の傷について、『指の骨』から遡って読めば立ち上がる意味があるだろうが、それは今書くべきことではない。【了】

日曜日の人々

日曜日の人々

 
ハレルヤ

ハレルヤ